秋刀魚と大根おろし

「秋刀魚が出ると按摩が引っ込む」という諺を、ひょいと思い出しました。栄養たっぷりの秋刀魚が食べられる秋には、病気のひとも体調がよくなることから、こう言われていたそうです。

もうここ何年も秋刀魚を食べたことがありませんが、魚の好きな家庭に育ったこともあり、実家に住んでいたときには秋になるとそれこそ飽きるほど秋刀魚が食卓にのぼりました。

脂ののった秋刀魚を焼くと気持ちのいいほどもうもうと煙が立ち昇ります。その独特の香りは、隣近所のどこが秋刀魚を焼いているのかすぐにわかってしまうほどでした。そしてツマの大根をおろすのは、いつも父かわたし。母はせっかちなので、眼にも止まらぬ速さで一気におろしてしまうのです。

「お前のすった大根は辛いよ。ゆっくりゆっくりすらなくちゃ美味くて甘い大根おろしは出来ないんだ」とよく父がこぼしていました。殊更ゆっくりと大根をおろす父の姿を、今でもはっきり覚えています。

焼き上がってきれいな焦げ目に縁取られた秋刀魚は、たっぷりの大根おろしを添えて一人一尾ずつでした。醤油をたらした大根おろしは脂っこい魚にとてもよく似合います。それをちょんと秋刀魚のひときれの上に置いて口に運ぶと、瑞々しい大根と醤油と焼き秋刀魚の味が一体となって、それはそれは美味しいものでした。

父はすでに亡くなり、妹は結婚して家を離れ、そのころ「秋刀魚の目が怖いんだよう」と言って魚の皮で頭を覆わないと食べられなかった弟は、もうすでに二児の父です。今でも秋刀魚の眼を避けながら食べているのかしら、と思ったら何だかニヤニヤ笑いが止まらなくなりました。

(初出:メルマガ「AVANCE!」 No. 139, 21/11/04)

 

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