八百屋のオジサンは幼なじみ

「いらっしゃい、いらっしゃい、今日はこいつが安いよー」という、賑やかな呼び声が響く夕食前の商店街は、ああ日本に帰ってきたなあ、としみじみと感じてしまう風景のひとつです。

わたしの実家のある住宅街にも、そうした古い商店街があり、野球帽をかぶったオジサンが、少々突き出てきたお腹に屋号のはいった前掛けをつけて、買い物のひとびとに板についた呼び声をかけています。
「いやーオネエサン、美人だからマケちゃうよっ。ええい、400円のところ、一個オマケしちゃって350円だいっ」

実はこのオジサン、わたしが小学生だったときに、放課後の剣道クラブでアシスタントをしていた中学生なのです。当時剣道を習っていたのは男の子ばかり、女の子はわたしともう一人の子の二人だけでした。わたしたちは体育館のちょうど舞台の陰になるところですばやく着替えていましたが、ませた悪ガキたちがこっそりノゾキに来たりもします。そんな悪ガキたちを怒鳴って、竹刀で追い回したのも彼でした。
別に親しく話したわけでも、うちが近かったわけでもありません。ただ彼はわたしの顔を知っていました。

わたしが中学生になり、やがて大学に入ったときにも、八百屋の前を通ればちょっと会釈をしたり、時々は笑っているんだか怒っているんだかわからないような微笑を送ってよこしました。

今でも、里帰りのときに蜜柑を買うと、一個余計にはいっています。キュウリを一皿買うと、隣の皿から一本とって袋にそっと入れてくれます。キャベツを一個買うと、わたしが選んだのよりはるかに大きい玉を黙って渡してくれます。
彼の得意の呼び声「オネエサン美人だから…」をかけられたことは一度もありません。白髪頭の八百屋のオジサンとわたしは、ちょっと不思議な「幼なじみ」なのです。

(初出:メルマガ「AVANCE!」 No. 137, 24/10/04)

 

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