がびのテラス - 軽妙にして辛辣、独断にして優雅に

トニーの死

彼女から携帯に電話がかかってきたとき、誰なのかわからなかった。震える涙声は早口だし、意味をとらえるのにとても長い時間がかかってしまった。そして、ようやく彼女が何を言っているのかわかって、初めて愕然とした。

トニーは、昨日の午後ハーレイダビッドソンに乗ってパースに向かっていた。そして、パースから南東38kmほどのアルバニー・ハイウェイ上で対向車と正面衝突し、即死したのだった。

彼女の携帯にメールが送られてきたのは、昨日午後三時。「今、途中の店でコーヒーを飲んでいるところ。パースから、また電話する」

朝になっても、電話はなかった。

警察に電話した彼女は、初めて事故のことを知ったのだった。パースから南へ400km、アルバニーに引っ越したのは今年の6月だ。まだ、住民票を移してはいなかったため、警察からの連絡が遅れていたらしい。トニーは、パースに住むバイク仲間とのツーリングを楽しむため、久しぶりにハーレイに乗り、引っ越してから初めてパースに戻る途中だった
「警察が原因を調査中」と新聞には出ているが、彼女の話では、どうやら追い越し中の車がトニーのいた対向車線に入って、事故を起こしたらしい。

見上げるほど背が高くて、灰色の髪がさらりと額にかかっていた。60を過ぎててもまだまだ若々しく、その楽しげな笑い声と乾いたイギリス風ユーモアが、わたしは大好きだった。トニーから電話がかかると、その少々鼻にかかった独特のアクセントですぐに彼だとわかった。
「暮れには、彼女を連れてイギリスに三ヶ月ぐらい戻ろうと思っているんだ」
彼女は退職した高校の歴史教師だ。やはりすでに60を越しているが、今まで一度もオーストラリアを出たことはない。
「初めてパスポートをとったから、うれしくって」という彼女から電話があったのは、先月のことだ。

「ヨーロッパをバイクで回るのもいいな」
「何言ってるのよ、冬じゃない。バイクなんて冗談じゃないわっ」
「じゃあ、安い車でもあっちで手に入れるか」
トニーもほかの部屋で電話をとっていたらしい。電話はいつのまにか三人のおしゃべりになっていた。

トニーに最後に会ったのは、彼らがアルバニーに引っ越す前、自宅の広い庭で開いたささやかな結婚パーティーだ。30人以上の招待客がいたが、わたしもほかの招待客もてっきり「さよならパーティー」かと思っていた。誰にも知らせていなかったらしい。どちらもすでに孫がいる年だ。離婚もしている。15年以上同棲のままだったが、引越しを機会に結婚することにしたのだった。今年の3月のことだ。

「何をしようが、こうやって突然終わってしまうものなんだ」
トニーを知る別の友人は、わたしが電話をとるやいなや、こう言った。
「これから起こること、葬式、花、様々なカードや涙。そんなものは、もうすでにトニーには全く関係のないことなんだ。彼は、終わってしまったんだから」「僕は葬式には行かないよ。みんなとトニーの思い出なんか語りたくない。ヤツの棺おけを前にして、みんなが泣くのなんか見たくないんだ」
わたしが何か言おうとしたら、「ごめんね」とすばやく言っていきなりプツンと電話を切ってしまった。

そして、わたしは書いている。何をしていいのかわからないから、こうして書いている。突然の死には、誰もがその痛みにどうやって耐えたらいいのかと途方に暮れる。

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