人間と動物の違い

昨年からどうもコンピュータと相性が悪い。
やっとCPUが完全に元通りになったと思ったら、今度はモニターだ。いきなり、チカチカしたと思ったら 画面が表示されなくなった。またもや、修理である。3日かかってやっと戻ってきたが、いやはやどうなっているんだか。これで納まってくれなかったら、もう 今度こそ新しいラプトップでも衝動買いしそうである。
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さて、新学年が始まって1週間たった。新入生の8年生は依然として可愛いし、商業日本語コース(必修)の10年生悪ガキは依然としてぶうぶうとウルサイ。

しかしこれは予想していたことだが、去年よりはるかに気が楽になり、生徒の管理もスムーズになった。
顔と名前と行動心理を知っている子供がほとんどなので、何せやつらの考えていることなんぞお見通しである。そのせいで「大音声一喝」というのも、あまり使っていない。使っていないというより、必要ないのだ。
悪ガキのほうも、わたしが一言「ウルサクしたら、こうなるからねっ」と言ったら必ずその罰をこうむると知っているので、ぎろりと睨めばピタリと止まることも多くなった。

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いきなりリップグロスを出して塗りたくるのは、今に始まったことではない。上級生になればそれだけ色気も出てくるわけで、センセイの目を盗んでは教室で化粧を始めるケシカラン女生徒もいる。

練習問題シートに顔をうずめて書き込んでいた男の子が、わたしがリップグロス女生徒に注意したときにつぶやいた。
「セ ンセイ、やっぱり動物と人間は違うよねえ。だって、動物の世界ってオトコがきれいにしているわけでしょ。孔雀とかの鳥なんか見てもそうだし。きれいにして オンナにケッコンしてもらわなきゃいけないわけでしょ。人間の世界は、オトコはそんなことしなくてもいいから楽だよねえ。オンナのほうが、きれいになりた いってことに興味あるもんね。ボクは別にきれいになりたいとも思わないから、人間に生まれてよかった。」
13歳の子供ゆえ嫌味でもなく、こう素朴 につぶやかれるとドキリとする。「きれい」の意味が違うが、人間世界ではオトコはやはり大変なのだ。日本では「三高」などと言って「背が高くて、学歴が高 くて、給料が高い」ってのがその「きれい」の意味なんだ、と教えてやるにはまだ早い。

そして、こういうときに限って、先のリップグロス女生徒が憎まれ口を叩く。
「別にケッコンしてもらいたくって、化粧してるわけじゃないわよっ。特にアンタになんか、見てもらわなくてもケッコウっ。」
見るひとがいなかったら化粧なんかしないって。それも言ってやりたかったが、まだ早い早い。

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