鏡開きのお汁粉

  「今日は鏡開きだからね」と母に言われて、朝からぐつぐつと鍋の中で音を立てているものが小豆だとわかった。
実家では、11日の鏡開きには必ずお汁粉である。母の作るお汁粉は、「アンコ」と「甘味処で食べるお汁粉」のちょうど真ん中くらい、つまり匙ですくうとボタボタと落ちるが、サラサラとかきこめないほどにまったりしている。

それをタッパ―に詰めて、母とともに下町に住む伯母の家に行った。
伯 母は内臓は元気なのだが、足腰が悪くなったので杖なしでは歩けない。隣近所は下町気質、そんな伯母の世話を何かと焼く「気のいいオセッカイ」たちの集まり でもある。母が「一緒に住もうよ」と言っても首を縦にふらないのは、伯母にとってこのオセッカイな近所のひとたちとの生活が気楽だということでもある。

「**ちゃん(わたしの母のこと)、あなたのお汁粉はずいぶん汁気が少ないよねえ」という伯母の言葉に、「ふん」と返すのは10歳の女の子のように口をとんがらせた母だ。「いや、美味しいわよ、もちろん」と伯母は言う。
全くイイ歳をしてまたかい、とわたしは天をあおぐが、まあこんな軽い気障りは長く尾をひかないものだ。

この気の強い長女の伯母とこれまた同じような性格の三女の母は、70を過ぎても口喧嘩をしてはわたしに国際電話をかけてくる。両方の電話で悪口を聞けば何が起こったかだいたいわかるので、いつも「まあまあ」となだめる役はわたしなのだ。
お神酒徳利のように仲がいいのだが、それだけに言いたいことを何でも言ってしまうのだから、やっかいこの上ない。

寝違えたようで胃の横のスジが痛かった伯母は、自分で這った湿布シートの位置が悪かったらしく、しきりに顔をしかめている。それを見た母は、ふくれっつらを治して「どれ、オネエチャン、見てあげるからあっちの部屋に行こう」と言って隣の部屋のふすまを閉めた。
しばらくしたら母がいきなり笑い出す。ふすまを開けると、母は畳を叩いての大笑いだ。伯母は「失礼ねっ」と言いながらも、自分でも吹きだしている。

湿布シートがつっぱっていたのにはわけがあったのだ。
以 前は「ふくよか」だった部分は、もちろん伯母の歳では弾力を失って「ひらひら」している。それをろくに「持ち上げもせずに」貼ってしまったシートは、その 一部をとらえて胃の横に一緒に貼りつけてしまったのだ。そりゃあ、身体を動かすたびに胸のあたりが痛いのも、もっともだ。

まあ涙を流すほど笑い転げるというのも、健康にはいいかもしれない。それに、さっきは険悪な雰囲気だった二人がもう手を取り合ってゲラゲラと笑っているのだから、いい気なもんである。
そんなふたりを眺めながら、わたしはもう一杯お汁粉を食べようとコタツから抜け出した。

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