ホテルラウンジはカラオケバーじゃない

クリスマスにホテルディナーを楽しんだことは「垂涎の日々」に書いたが、このホテルは実は洗練されたジャズを聞かせるラウンジがあることでも有名である。
それまでブラウン・シュガー、オリエンタルホテル内バンブー・バーなど限られた場所でしかお目にかかれなかった海外からのアーティストを常駐させたことで、駐在外国人の間で注目を浴び、静かにしかし急速に名が広まった。

ディ ナーの晩も、誰でも知るクリスマス・ソングのアレンジから、スムーズジャズと一般的に呼ばれる静かでムーディな曲の数々に、手を取り合ってダンスを始める 西洋人のカップルも多い。そして時がたつにつれて家族連れは姿を消し、常連も交えたおおかたの大人たちは、食後酒のブランデーグラスを片手にライブを楽し んでいる。
11時からは、飲み物だけの客を迎えるラウンジに戻ったのだ。

そしてそこに唐突に現れ、わたしたちの隣のテーブルにどすんと腰をおろしたのは、中年の日本人男性ふたりだ。ポロシャツにスラックス姿だから、観光客なのかもしれない。それだけで、西洋人ディナー客の正装姿の中では大変目立つ。
ひ とりはおとなしそうだが、大柄で脂ぎった顔を光らせたもうひとりはかなり酔っていたと見え、話声もかなり大きい。それだけならまだしも、その「テカテカ親 父」は素足に履いていたスリッパ風の靴を脱ぎ、となりの椅子に両足を乗せてくつろぎだしたのだ。まるで自宅でちゃぶ台の下に足を投げ出している、というふ うである。
そして、彼の足先はステージに向けられている。足を向けるということは、タイでは大変失礼な態度なのだ。まあ、日本でもひとに汚い裸足を向けて座るということ自体無礼なのだろうが、彼にとって日本以外の国ではどこでも恥はかきすてるものであるらしい。

「なんだか飲む場所を間違えていないか、隣のひとたち」という友達の言葉に、わたしが自分のことのように恥じたのは言うまでもない。

それはラウンジのスタッフにとっても同じだったと見え、しばらくすると「エクスキューズミー」の言葉と共に、彼の足の下から椅子をすっと抜きとって離れた場所に持っていってしまった。
わ たしたちは溜飲を下げてにんまりと顔を見合わせたが、この「テカテカ親父」はホテルスタッフの無言の非難に全く気づいていないようで、またもや反対側の椅 子を「足で」引き寄せた。すると、今度は10秒もしないうちに同じスタッフが飛んできて、また「エクスキューズミー」である。
わたしたちはもう笑いをこらえるのに必死だったが、「テカテカ親父」は懲りずに他の椅子を探している。ようやく気づいた彼の連れが耳打ちをしたおかげで、やっと事の次第が飲み込めたらしい。

そ りゃあバンコクの西洋人の中にだって、不遜な酔っ払いがゴマンといる。しかし、彼らはどこでそうした振る舞いをしても許されるか、ちゃんとわきまえている ことが多い。だから、正装したひとびとが食後酒を楽しんでいるホテルラウンジに乱入することは、まずない。素足を椅子に投げ出すような無礼も見せない。そ うした場所に来る場合には、ジャケットが必要かどうか事前にチェックさえする。

こういうホテルにすっと入ってくるからには、泊まっているのか或いは以前来たことがあるからだろうが、旅館で宴会のあとにカラオケにやってくるような態度はやめてほしいなあ、とつくづく思った。

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