散歩するデラシネ

用事があって池袋のサンシャインシティまで行く。行きはタクシーだが、帰りはふと歩いてみたくなった。

オーストラリアでは、比較的てくてくと歩くほうだと思う。自然に接する機会も多いし(パースには、ギネスブックに載る世界一デカイ市内公園があるのだ)、写真を撮りながら歩くのは楽しい。しかし、東京ではあまり歩かない。いや、実家の近くの商店街に買い物には行くが、街を眺めながらぶらぶらと歩くことはない。いつも持って来ようと思いながら、ウォーキングシューズを忘れてしまう。パンプスやサンダルでは長時間は無理だとわかっているのに、潜在的にモノグサな自分が時々アタマを操作しているような気もする。
おまけに母は足腰が弱いし、近くに住む妹は歩くことなどダイキライだ。
実家までは、目を吊り上げての「競歩」速度でなければ、約四十分ほどの距離。荷物もないし、何の予定もなし。

歩き始めてみると、やはり乗り物に乗って通り過ぎるのとは違う景色が目に入ってくる。高いビルの間に、つぶれたような古い木造モルタル住宅がある。猫がベランダから外を眺めているのだから、ひとが住んでいるのは間違いない。隣の洒落たマンションからは、絵に描いたような若いカップルがこれまた洒落た乳母車を押しながら出てきた。もう少し行くと、ひとがやっとすれ違えるほどの細い路地がある。ちょいと入ってみたら、もっと狭い路地がいくつも行き止まりとなって延びている。このまま迷子になっても困るので、また大通りに出てきた。

実家から二十分ほどまで近づくと、今度は本当に見慣れた風景がほんの少し新しくなって目に飛び込んできた。この駅の近くには確か中学の同級生の薬屋があったなあ、と思って角を曲がると、そこはすでに新しい居酒屋になっている。夏になるたびに盆踊りがあった公園も、乗り物がごちゃごちゃと多くなって、とても舞台を広げられるくらいの場所がない。呑み屋が増えたということは、ここら辺にひしめいていた小売店の同級生たちは一体どこに行ってしまったんだろう、とふと気になった。

うちにたどり着くと、妹から電話がかかってきた。
「どこ行ってたのよ、すぐに帰るって言ってたのに」
「池袋から歩いてきたから」
ええっ、と叫んだきり妹は電話の向こうで絶句している。そんなオオゴトでもあるまいし、と言ったら、「あんなところから歩いて来るなんて、変わっているよねえ」と素っ気ない。
「でも楽しいんだよ、色々なものをゆっくり眺めながら歩くのって」

外国暮らしは、すでに人生の半分以上に達している。こんな何でもない近所の散歩で懐かしがったりおもしろがったりするのは、わたしがやはりホンモノの「デラシネ」になってしまったからかもしれない。

 

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