食べることを忘れる哀しさ

たまっていたバンコクからのビジネスワークを片付けていたら、夜になってしまった。夜になってはイケナイわけではないのだが、日用品の買い物を忘れていた ことに気づく。考えてみたら、珈琲を飲むためのミルクがない。パンも切らしている。パスタさえない。習慣になっていた分厚い新聞を買うのも忘れた。冷蔵庫 を漁ってみても、哀しいかな「オカズ」として食欲をそそるものが全くない。それに今から解凍して料理を作っていたら餓死しそうだ。
で、ガサゴソと食料品の棚をかき回してみたら、やっとインスタントラーメンがひとつ。実はオーストラリアでもタイやマレーシア製のちょっとエキゾチックなラーメンではなく、懐かしい「出前一丁」香港製なんてものが安く出回っているのだ。
これに、萎びる寸前のモヤシとマッシュルーム、そしてニンジンを加えてみる。インスタントラーメンが嫌いというわけではないのだが、土曜日こそはもっとマシなものを食べたい、ゆっくり料理を楽しみたい、とあれこれレシピを考えていたのに、情けないなあ。

半 年ほどパースで仕事が見つからなかったせいもあるが、ほとんど生活の足しになる仕事はインターネットを通してバンコクから来ていた。つまり、自宅ででき る、コンピュータに向かった仕事である。暇というわけではなかったが、時間の分割はかなり自由だったと思う。そういう生活から離れてフルタイム拘束の教師 となって一週間、気がついたらまた食べることを忘れていた。愕然。バンコクでビジネスばりばりのころはよくそうして食べることを考える暇がなかったが、昨 年3つの高校カケモチのときでさえいろいろ料理は作っていたのだ。そりゃあ、5年ほど前からつかないでいいところについてきた「ヤワラカイもの」が減るの はよいことだろうが、わたしは美味しいものが大好きだし、そのことをを考えるのさえ大好きなのだ。
この一心不乱の時期が一時的なものであることを祈るばかりである。

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