がびのテラス - 軽妙にして辛辣、独断にして優雅に

学校を去る日

ここ二週間ほど、確定してしまった来年の「失業」に茫然としていた。

十月二十八日のエントリにも事情を少し書いたが、ある公立高校でフルタイムとして働いていた常勤資格のある日本語教師(オーストラリア人)が、わたしの代わりに来年から来ることに決定したのだ。そして、わたしには今なお何のオファーもない。
公立高校は、通常教育省から派遣される教師を選択する権利がない。どうしても学校側で選択したい場合は、科目ごとに特別な許可を申請しなければならない。普通は科目につき一人のみだ。このかなり複雑な申請をして許可されたのが、十一月中旬。学校がどうしてもわたしを確保したかったためだ。許可が下りると教育省のHPに「アーダラコーダラの条件を満たす教師は、xx高校に直接応募されたし」と募集広告が載り、たとえ常勤資格のある教師でも教育省を通さずに個人的に応募しなければならない。この「条件」はわたしの出来ることに基づいて作られるから、選択される教師はわたしか或いはそれ以上のレベルのあるもの…ということになっていた。

ところがここに登場したのが、「現在働いている学校をやめざるをえない教師」だ。
教育省で振り分けられる教師の中で、「学校が廃校になってしまったり科目がキャンセルされたりして、フルタイムの職を失わざるをえない、しかも常勤資格のある教師」は最優先権を持つ。教育省は何が何でも、彼らに職を与えなければならない。つまり、ここで十一月最後の日になってから、わたしの学校が苦労して獲得した選択許可は無効になったのだ。

代わりに教育省から指名されたのは、ある学校で日本語を選択する生徒数が大幅に減ったため、就業時間数がフルタイムに満たなくなってしまった日本語教師だ。
一応カタチだけの面接はしたらしいが、二年間わたしがスタートして担当してきた「日本語を話しながら料理しましょう」の人気クラスについては、「えー、わたしそんなに日本語に自信ないです」と即辞退。ずっと生徒の能力に合わせて開発してきたコンピューター授業も、このまま消滅。「コンピューターはワードとEメールしかできませんし、あんまりよくわからないんです」
大学入学をひかえた上級生たちのクラスを教えたこともないと言う。
教育省がどうしても「使え」と言って強引に押し付けた教師には、せめて何か他にわたしより優れている部分があるのだと思いたい。

先週は、食べきれないほどのチョコレートや写真やプレゼントをもらった。別れを惜しんでくれる生徒たちのカードはぎっしりと書き込まれ、束になっている。わたしにハグをし、泣いていた子も何人か。親からは「とても残念です」と電話も来た。他の教師たちからも、別れのカードやプレゼントをもらった。

昨日は学校おさめの日だ。
生徒たちは、先週木曜日に成績表をもらって休みにはいったが、教師と総務はまだ昨日まで仕事だ。

自分のオフィスの机をきれいに片付け、後任のために全ての私物を取り除いた。カラッポになったわたしの席を見渡し、最後に同僚の日本語教師に「元気でね」と、そっと抱きしめる。彼女は何も言わない。後ろを向いてしまったので、「大丈夫よ、来年だってきっとうまく行くから」と声をかけたら、肩が震えている。彼女は泣いていた。
わたしたちはふたりとも年も近く、ウマも合った。どちらも互いの長所を尊重していたから、チームワークはことごとく成果をあげて、日本語を選択する生徒数も増えていた。彼女は、わたし以上にショックを受けていたようだ。
「こんなのって、フェアじゃないわ」
今まで二週間ほど、あまりこの日のことに触れないようにしてきた彼女はまだ涙声だった。
そして、わたしも初めて目頭がしんと熱くなった。

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