日本人による日本人のためのバンコク情報

久しぶりに繁華街のショッピングセンターに出かけた。
右と左に2つの大きなデ パートを抱え、その二つを結ぶアーケイドに1階から6階まで様々なブティックがある。豪州では高価な英語書籍類もタイの書店では20%ほど安いので、帰る たびに沢山買い込むことになる。日本の書店が立派な店構えを見せているが、日本語書籍は日本への里帰りまで我慢することにしているので、買わない。ここに 来るのは、もっぱら様々な無料日本語ミニコミ誌をもらうためなのだ。新しい店とサービス、コラムなどをチェックするのは楽しい。
わたしがバンコク に住み始めた1992年ごろは1誌しかなかったガイドと広告の新聞・小冊子類は、なんと数十種類にも及ぶようになった。それだけ日本人が増え、さらに個人 で歩き回る日本人が増えたということなのだろう。見知らぬ外国の都市で、日本語で書かれた詳細なガイドが頼りなのは当然だ。住んでいる日本人にとっても、 このミニコミ誌は色々な情報を集めるうえで大変重宝でもある。

こうして日本人たちは気づいていようがいまいが、情報を共有し、その情報に 書かれたレストラン・居酒屋を共有し、エステや流行の足マッサージの店を共有する。どこの店に行っても日本人に会うのは、こうした情報の共有と閉塞性があ るからだ。自分たちが買ったもの、見たもの、したことは当然自分ひとりの体験ではない。その他大勢のひとびともまったく同じ体験をしているのだ。「アタ シ、もうバンコクは5回目よぅ」という知り合いがいるが、彼女の楽しみはもっぱら安くてカワイイものを買いあさることだから、それ以外の興味はない。 ファッション雑誌の特集を切り抜いて、そのガイドに忠実に歩き回る。タイという「雰囲気」のもとで、エキゾチックな買い物と食事ができればそれで満足なの だ。それが悪いとは言わないが、せめて3日滞在するなら、どこか出発地点を決めて、半日でも理由なし目的地なしのブラブラ歩きをお勧めしたい。迷ったらタ クシーを拾えばよいのだし。バンコクに何回も来ていながら、「日本人のためのガイド」に書かれたこと以外はまったく「見ない」というのは、ひどくもったい ない気がしてならない。

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