スイス大使公邸でのコンサートと日本の「ヘルプマーク」への疑問

行きたくなーいとブツクサ言いながら出かけたカクテルパーティーは、スイス大使館の大使公邸が会場だった。

駄々をこねていたのは、すでに10年以上バンコクに住んでいないので、知っているひとがもうほとんどいないから。でも諸事情でどうしても行かなければならない羽目になり、ため息を百回ほどつきながら出かけていった。

40人ほどの小規模のカクテルパーティーで、言われていたとおり本当に極少数のひとしか招待されていないようだった。つまり、わたしの普段から知っているスイス人は誰もいない。1番多かったのはSWISS(旧スイス航空)の関係者たち。そしてネストレのタイ支社長とその次にエライひとたち。コンサートの協賛にそのふたつの大会社があるので当然と言えば当然だ。

パーティーには知っているひとがふたりだけいた。ひとりはスイス大使そのひとだ。20数年前わたしが北タイ・チェンマイで仕事をしていた当時、一等書記官としてバンコクに赴任していたのでかなり頻繁に交流があった。そのひとが20年の歳月を経て大使として戻っていたのだ。
もうひとりは旧スイス航空のタイ駐在支社長としてバンコクにいたスイス人だ。現在はバンコク・エアウェイズの副支社長として勤務している。彼には当時一度だけビジネスクラスからファーストクラスにアップグレードしてもらったことがある。たぶん最初で最後のファーストクラス体験だったので、これには今でも感謝している。

さて簡単なカクテルパーティーは1時間ほどで終わり、コンサートが始まった。ピアノ、ヴァイオリン、チェロの室内楽トリオ「ARS ET LABOR TRIO」だ。20世紀の音楽を得意とし、ヨーロッパではかなり高い評価を受けているトリオだ。曲目はロバート・シューマン、エルネスト・ブロッホ、そして休憩を挟んでベートーベンのDell Arciduca。

わたしの席は前から2番めの真ん中で、あまりにも近くてドキドキしてしまった。何しろ楽譜をめくる音まで聞こえるほどの近さだ。音楽が始まると、わたしはたぶんポカンと口を開けたまま聴き入っていたと思うが、美しい音が後から後から洪水のように部屋全体を満たし始め、もうあっと言う間に終わってしまった。素晴らしかった。

あまり周りを見るヒマもなかったが、たぶん大きなミーティングルームであろう部屋には至るところに芸術品やアンティーク家具が置かれている。

外に出ると…そりゃあもうスイス大使館の名物、スイス国旗をほどこした真っ赤な「乳牛」だ。写真は撮ったが、わたしは手だけでご勘弁を。

余談だが、この国旗を見ればなぜわたしが日本でデザインされた身障者支援の「ヘルプマーク」に疑問を持ったかわかるだろうと思う。

助け合いのしるし「ヘルプマーク」(リンク)

赤に白十字はスイス国旗なのだ。その国旗の配色を反転したものが白に赤い十字の「赤十字」である。そうした歴史的な事実を無視して、スイス国旗を「あたかも新しくデザインされたヘルプマーク」に組み込んで大々的に宣伝しているが、大丈夫なのだろうか。ヨーロッパでこのカードを見せたら、まずほとんどのひとが「I ♥LOVE SWITZERLAND」のことかと判断してしまうだろうに、「外国人観光客にもより分かりやすい案内用カード」としてパラリンピックに向けて全国共通のカードとしていくとは…。それがヘルプカードだとわかるのは日本人だけ、ということになってしまうのではないか。
身障者支援の意図はすばらしいのだが、このデザインだけはパラリンピックまでに何とかしてほしいと思う。

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