WordPress 3.3 を使った本宅改築の備忘録

長いことホッタラカシにしていた「がびのテラス」だが、休暇を利用してやっと改築しようと決心した。
MovableTypeは使い始めてから長いが、あちこちいじりすぎてアップデートのたびに四苦八苦していた。それもホッタラカシの発端なのだ。だから、今回はマッサラの状態でWordPressを試してみることにした。基本はシンプル。文章と写真のみで構成するブログサイトなので、前回の愚を踏まぬよう、最低限のプラグインで最低限の改造しかしない。スタイルシートもそのまま使う。タイトルなどの画像化もしない。なんにもしない。

と、まあ決心したが最初でコケた。
FC2ブログを使って、すでに全記事を「食話休題」と「デラシネの呟き」に分割アップしていたので、バックアップは万全の体勢のはずだった。ところが、サーバーから古いファイルを全削除したあとで気づいた。FC2ブログには全記事が載っていたが、「画像」は全て古い「がびのテラス」の画像フォルダに「リンク」されていただけだったのである。

がーん。

ものすごく古い2004年などの写真ははるか昔のe-nihonngoのサイトにリンクされていたのでかろうじて残っているが、後でgabysterraceになってから貼っていた写真は全部マッシロだ。元のフォルダーを削除してしまったのだから当然である。データは「ここんとこ全然使っていない」私用Windowsに入っているはずだが、整理していないのだから探すだけでも一仕事だ。食話休題の画像も3年分ほどバッサリFC2ブログからさえ消えているのに、今のところ為す術もない。

ま、クリーンインストールなので、使えるようにするのは簡単。テンプレートは「ものすごくシンプルなもの」を探してBrunelleschiに決定。インストールしたら、3.3で動かないものがあったので作者のサイトに行ってアップデート版をインストールしたら直った。テンプレートもプラグインも、自力で最新版を探さなければならないらしい。管理画面で全部操作できるのに、これは片手落ちだなあ。

導入したプラグインは8つ。すでに管理画面から有効化できるものでは、Akismet、WP multibyte Patch、WPtouch。
そして、手動でインストールしたのはこちら。

  • MovableType and Typepad Importer:FC2ブログはMT形式なので、データインポートの際に必要。
  • Count per Day:カウンターだが今回は自分でたまに見るだけの管理画面用。
  • PS Disable Auto Formatting:WPの特徴だが、カテゴリーや月別アーカイブで開く記事は全て行変え無視で、写真もつかない。読みづらい。だが、これでレイアウトはわたしが書いたときと同じになり、写真も見られるようになった。
  • Shockingly Simple Favicon:これはURLの左側にポチッと現れる小さい画像をアップするためのもの。phpを改造してもできるが、今回はあくまで「なにもしない」と決めているので。
  • Simply Yearly Archive:記事のタイトルだけをざっと見られるアーカイブが欲しかったので導入。

あとは、ブログタイトル下の静的ページメニューにいくつか追加した。RSSを使って「あいちゃんねる」の最新記事5件、電子出版(まだリンクも貼っていないけど)、プロフィール、年度別アーカイブ(全記事リスト)。
これで「あいちゃんねる」を合流させなくてもいいんじゃないか、と考えるようになった。あちらはわたしと猫のデレデレ日常のみだし、猫だけを見に来る訪問者も多い。

そして、問題の「写真が2−3年分ゴッソリ消えてしまった食話休題」だが、これは今のところあのままにしておいて、写真が古いWindowsの中で発見された時点で、本宅に合流とする。それまで「あいちゃんねる」のようにRSS配信を置くかどうかは、まだ思案中。

とにかく一応形だけは整ったので、これからも細々と書き続けようと思う。

<追記>
FC2には「コメントを非公開にして、管理人だけが読めるようにする」という機能がついているが、WordPressに移行するとその「非公開」が外れてコメントが全て「公開」になってしまう。これには用心したほうがいい。そういう「非公開だったのに、管理人がブログを移行したために公開されてしまったコメント」を探し出して削除しないと、書いたひとに申し訳ない。

 

Epiphany:「光」は突然さすのかもしれない

英語でEpiphanyという言葉がある。Yahooの英和辞書を引いてみたら、こうあった。

E・piph・a・ny[ ipfni ] [名]
1 (カトリックで)御公現の祝日;(プロテスタントで)公現日(1月6日).
2 ((e-))(特に神格者の)出現,自己啓示.
3 ((e-))文学エピファニー:物・事・人物の本質が露呈する瞬間;それを描いた文学作品(の一部).

わたしが書きたいのは三番目の意味だと思う。
文学的にはよく使われている言葉だが、日本語で何と言うのか知らなかった。カタカナで「エピファニー」か。なんだか拍子抜けしてしまった。

過去に1度だけ、この三番目の意味の思いをしたことがある。
フランスに留学していたときのことだ。

それは、イラン人のハミッドという男性だった。眉毛も鼻の下に生やしたヒゲもとても濃かった。その3箇所に鉛筆をつっこんでも、絶対落ちないだろうというぐらい。そして、寮の部屋は「イランの僕の部屋についていたトイレと同じ大きさだよ」とのたまわった。ジャーナリストの卵だった。
彼以外の家族はすべてドイツに住んでいた(というより、パーレビ朝の衰退で本国から逃れて来た)ので、時々頬をふくらませて「カプット(kaputt=ドイツ語で「壊れちゃってる」の意)」と皮肉っぽく言うのが癖だった。

そのころのわたしは、まだフランスについて数週間、フランス語が全く聴き取れず、簡単な文さえきちんと話すことができなかった。日本では仏文科の大学生だったが、それ以外にもフランス語学校に通って誰よりも熱心に会話を習っていたというのに。誰もが気楽にフランス語を話し、笑い、また返しているのを見て、胸が痛くなった。大したことを話しているわけではないとわかっていたが、それでも聴き取れなかった。言葉が言葉として耳に入って来ない。それはわたしにとってはなんの意味ももたない音の羅列でしかなかった。たまにわかる語彙があっても、それは文章の中に紛れ込み、会話とともに流され、燠のようにわたしの記憶の隅でくすぶっているだけだった。
愕然とした。

そんなとき、ランチ時に同じテーブルにいたハミッドが「ねえ、晩ゴハン食べにおいでよ」と誘ってくれたのだった。わたしに気があるんだろうか、と本気でたじろいだが、普段そんなことは顔にも口にも出さないひとだった。フランス語はかなり流暢だったにもかかわらず、必要最低限のことしか話さない物静かなひとで、誰もが彼には一目置いていた。その当時のフランスにはイラン人たちがかなり沢山いて、日本人と同じくイラン人だけでグループを作っていたが、ハミッドはどちらかというと独りで本を読んでいることのほうが多かった。

彼がつくってくれたのは、なんとも不思議な煮込みのようなものだった。それも、塩を加えるのを忘れたとみえて、味が全くしない。二匙ほど口に運んだが、あまりの不味さにこれ以上食べられそうもなかった。そして、彼が黙ってテーブルの上に置いた塩の瓶を、とうとう手にとった。

その気まずさを埋めるために、日頃の不満をしどろもどろに口に出した。
「フランス語がダメなの。聴けないし話せない。もうどうしたらいいのかわかんなくって。」
ざっざっざっと塩を振り続けるわたしを見て、彼がとうとう笑い出した。
「「そんなに塩いれても、僕の煮込みはおいしくならないよ。君のフランス語もね。」
髭を震わせながら、またひとしきり大笑いして彼は言った。
「でも、君は話しているじゃないか。そして、僕の言っていることも全部理解している。言葉は手段なんだ。この恐ろしく不味い煮込みと同じでね。塩をいれたり、上手い言葉を使うより、君が僕になにを話したいのか、そして僕がそれを聞きたいというのが大事なんだ。煮込みなんか、何回も作っているうちに上手になるんだよ。」
言いたいことはなんとなくわかった。

そして、そのときわたしはとてもびっくりしてしまったのだった。
彼の言うことが全て理解できる。それがほんの少しヘンテコだということさえ。突然ひとつひとつの音が単語となって意味を持ち、それが節を形成してわたしの頭に直接流れこんできたのだ。そのとき初めて日本語を介することなく、フランス語がフランス語として直接理解されたのだった。そして、簡単な受け答えだったが、自然に答えている自分にも気づいた。

まさしくエピファニーだった。
それはわたしが、「全く未知だった世界に」一歩踏み込んだ瞬間だった。「日本語以外の言語」への可能性に初めて光がさした瞬間だった。

わたしが語学教師になったのはその「光」を生徒たちにも見てほしいからではないか、と時々思う。そして、懐かしさにそっと微笑んでしまう。

Mais voilà, tu parles français maintenant, n’est-ce pas? (でも、君は話しているじゃないか)

 

テラスのタイルが…飛んだ

乾季に入っているバンコクは、ことのほか快適だ。
朝の気温は22度前後、午後から上がっても27度止まりで、エアコンなしの朝は清々しい。ところが、普段は湿度たっぷりのバンコクは、その「寒さ」にどうも完全には適応していないようだ。そんな呟きを裏づけるような出来事が起こった。

深夜、寝室のすぐ外で何かを引っ掻くような、バリバリという音がする。眠りの浅いわたしはすぐに飛び起きて窓を開けたが、何も見えない。5分ほどしてから、同じ音がしてまた飛び起きた。一体、何だろう。
結局そのまままた眠りに落ちてしまい、朝起きたらそんなことはすっかり忘れていた。

そして、朝9時ごろのこと。
リビングで珈琲を飲んでいたら、「バン」という小さな爆発音がテラスに響き渡り、椅子から飛び上がった。急いで外を見ると、大きなテラスの「日の当たっている部分のタイル」が2つに避けて横たわっている。


まるでタイルの下で何か怪獣が暴れまわっちゃったようなふうだ。
なんということだ。2枚目の写真では、すでに1列のタイルがすべて盛り上がってしまっているのがわかる。


驚いて、下の管理事務所に降りていった。
「いや、8階だけじゃないみたいです」と、マネージャーが情けなさそうに言う。理由は?と訊いても、首を横にふるだけだ。

3階上に住んでいるフランス人も管理事務所まで降りてきた。事務のタイ人たちの英語は片言なので、手と足のジェスチャーも使わないと通じないからだ。
彼の推理するには、「たぶんタイルの下のセメントが夜中の寒さのせいで縮んだせいじゃないかな。そして、朝になり強い太陽の日差しがあたってまた膨張した。そのセメントの動きで、上にあるタイルが行き場所を失って持ち上がってしまったんじゃないの?」
えー、そんなバカな。

それにしても、このマンションにはすでに丸14年住んでいる。築20年だから、マンション乱建設の進むバンコクでは古いほうだ。その長い間、こんな恐ろしい爆発音を自分ちのテラスで聞いたのは初めてだ。

あーあ、こないだはバスルームの給油ボイラーが動かなくなって新しくしたばかりなのに、今度はテラスの修復か。しかし、この持ち上がってしまったタイルをどうやって平らにするんだろう。