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バンコクの散歩は命がけなのか…

買い物のあとエカマイの駅で降りてから、さてタクシーを拾うにはどこがいいかとグルリと見渡したら…そう言えばこのごろバンコクで外を歩いたことがなかったな、と思い出した。
別に雨が降っているわけでもなし、多少荷物がじゃまだが歩けないほどではない。Googleで調べてみたら1.5キロ。ぶらぶら歩いても30分はかからない。よし。

歩きだしたら周りのタイ人たちをどんどん追い抜いてしまうほど、はるかにわたしの足のほうが速い。これはセカセカしているということなので、速度を落として本当に「ぶらぶらと」歩き始めた。タイ人は急がなければならないときにはバイクタクシーなどを使う。歩くときはもうゆっくりと亀の如き速度だ。常夏の国ではセカセカと走るように歩いたら体力を消耗して疲れてしまうし、いいことなんか何もない。今ではタイ人の中にも「セカセカ人」が増えたが、それでも時間にルーズなひとのほうが多いのもこの「ゆっくり行こうよ」という国民性のせいかもしれない。

そして、速度を落として歩くと周りの風景が見え始める。
車の中から見るだけだった珈琲店やその隣の北タイ料理店が面白そうだ。韓国料理の一膳飯屋もある。何ヶ月か前にサンドイッチを買ってみたイギリス人の店はすでにつぶれてしまったようだ。新しい和風の喫茶店は、シンプルで真っ白な内装で洒落ている。

建設の始まったコンドミニアムは分譲27平方メートルのスタジオタイプから。これだけ小さいのは最近始まった流行だが、自分で住むために買うひとが一体どれくらいいるのだろう。たぶん投資なのだろうが、供給が過剰になっている今賃貸がそれほど期待できるとは思えない。投資というより、よく言われている金持ちの「じゃまな現金の隠し金庫」なのだろうなあ。

しかし、歩いてみるとわかるが、バンコクの「歩道」は通行人にはとても不便だ。なにしろ歩道が平らではない。つくりが悪いから、デコボコしていて今回歩いてみただけで2度ほどころびそうになり、おっとっと。危ない、危ない。

以前歩いたときには本当に足をとられて足首がぐにゃりとなり、歩道に手をついてしまった。あのときは痛かった。だからバンコクの「舗装された歩道」では必ず下を見て歩かなければならない。うつむいて、ゆっくりゆっくりと亀のように進む。前のひとを追い越すほどスピードを上げてはいけない。
昔住んだパリでも下を見て歩かなければならなかったが、あれは「犬のウンチ」のせいだった。

しかし、通行人というものはここでは街路樹より下の扱いだ。大体こんなふうにキレイに剪定された街路樹のほうが幅を利かせている。こんなものにお金をかけるくらいなら、歩行者道の舗装を何とかしてほしいと思うが、歩いているひとたちはあまり気にかけるふうでもない。

ひとがすれ違えるほどの幅がないので、大体向こうからやってくるひとがいたらどちらが先に着くかを見極めて、ささっとどいたり先に行ったりするわけだ。

もっとひどいのはコチラ。ひと1人さえまともに通れない。カニさん歩きである。もうあまりにもひどすぎて笑ってしまった。
雨季に傘なんぞ差していたら引っかかりそうだ。

タイでは土地神様として木も祀られていることが多いので、これだけの巨木を交通の激しい道沿いにどでーんと残しておくのはそのせいなのかもしれない。

このエカマイ道は車もバイクもかなりスピードを出して突っ走っているので、わたしのようにたまにしか歩かないナマケモノには危ないことこの上ない。以前なかなか渡れないわたしを見て、すでに渡ってしまった友達が戻ってきて手を繋いで一緒に渡ってくれた。まるで老人である。だって、コワイんだもん。今日は最初から右側を歩いてきたが、これなら道を渡らずに家に帰れるからだ。

さて、角を曲がればもうわたしのマンションはすぐだ。
門番のガードマンが不思議そうにわたしを見て、やっと気がついて挨拶した。いつもは車かタクシーなのでなんだかビックリしてしまったのだろう。

ロビーに入ったら今度はいつもは管理人室にいるスタッフのひとりがいて「あらまあ、歩いてきたんですか…顔が真っ赤」とにこやかに挨拶してくれた。そんなに赤いかな、と部屋に入って鏡を見たらなるほど真っ赤だった。バンコクの温度は34度だったから、そりゃ暑いし当然だ。髪の毛も風に吹かれてバサバサ。今度歩くときは髪はまとめてヘアバンドで留めて準備して行かなければね。

でも、ホントのところは楽しかったのである。やはり散歩はいいなあと思うのはこんなとき。そのあとシャワーを浴びてさっぱりしてからテラスでビールを飲んでいるときも含めてだが。

クリスマス・イブの小さなローストチキン、Mistkratzerli

「クリスマスイブは独り身にはツライ」そうだが、それはもちろん「イブは恋人の夜」みたいなイベントにしてしまった日本だけの話。オーストラリアでは12月25日のランチとそれに続く「ダラダラ飲み」が普通だ。家族だけだったり、親戚も呼んだり、または仲のよい友達と集まったり。スイスでも同じようなものだった。つまり日本の元旦みたいなものだ。イブは夜教会のミサに行くけれど、日本だって大晦日に神社やお寺に行くのだから、やることはよく似ている。

そんな12月24日の晩。
バンコクのレストランやホテルは、このときとばかり「クリスマスディナー」のコースメニューのみとなり、七面鳥やらハムやらの伝統的なメインを供する。

わたしもバンコクに住んでいたときには、毎年ビジネス仲間を沢山呼んで6キロ前後の七面鳥を焼いた。ただし、どんなに工夫してみても七面鳥自体はどちらかというと脂身の少ない大味の肉で、まあ年中行事に組み込まれたメニューだから仕方なく作っていたが、わたしはあまり好きではなかった。

だから、もう知るひともあまりいなくなったバンコクのクリスマスはチキンで祝うことにしている。
ところが先程いつものガイジン用スーパーに行ったら、丸ごとのものはとても小さなものしかない。ガイジンたちは皆ターキーの半身や大きなハムをを購入していて、鶏肉売り場になど見向きもしない。そのせいかな、と思ったが一応「これは雄?」と訊いてみた。頷くので、じゃあMistkratzerliだな、ということで2羽丸ごと購入。

ミストクラッツェルリというのは、スイスドイツ語で650グラム以下の雄鶏のことだ。普通、雄鶏はエサを与えても雌鶏のように大きく太ることはない。だから、スイスなどでは若いうちに出荷してしまう。これがミストクラッツェルリだ。小さいけれど、身は引き締まっていてなかなか味わい深い。

まず、詰め物だ…と思ったら、材料を何も買ってこなかったことに気づいた。今からまた外に出るのもめんどくさい。冷蔵庫にあるのは炒めようと思って買っておいたブナシメジが一袋のみ。あとは家にあるもので何とかなるだろうと、いつものように適当に作り始めた。

玉ねぎはみじん切り、ニンニクは薄くスライスして、たっぷりのオリーブオイルで炒める。キャベツも冷蔵庫にあったので、これも細切れにして入れてしまう。しんなりしたらシメジのざく切りを加えて塩コショウ、新鮮なタイムをぱらぱらと揉み入れ、レモンの皮をガリガリと削る。
冷めたらパン粉をふたつかみほど、そして本当ならパインナッツだがこれもないのでヒマワリの実で代用。卵をひとつ割り入れてざっくり混ぜたら、詰め物のできあがりだ。

鶏は洗って水を切り、指で胸の身と皮の間に指をいれてそっとポケットを作る。ここに先程の詰め物をポケットに穴を開けないように詰める。残った詰め物は丸めて野菜と一緒に焼いてしまう。鶏肉にレモンの皮、ナツメグ、パプリカ、塩、コショウをたっぷりと塗りたくり、オリーブオイルをかけて、最後にレモンとタイムを穴に詰めて出来上がり。鶏自体が小さいので、180℃のオーブンで1時間とちょっと焼いた。焼きあがったら、もちろんアルミホイルで包んで10分ほど寝かせる。

小さいほうのミストクラッツェルリは、焼いているうちに焦げた皮に大きな穴が空いてしまい、中の詰め物が丸見え。これは予期していなかった。普通の丸ごとチキンの皮はもっと厚いので、焦げても皮が破けることはない。
皮と身の間に詰め物を入れるのは、もっと味がよく染みてくれるからだ。普通はぽっかり空いた穴にぎゅうぎゅうと詰めるが、わたしはこちらのほうが好き。

あとは時間差でオーブンに入れた、ローズマリー風味のジャガイモとニンジン、ズッキーニ、エシャロットなどを付け合わせにした。

実はミストクラッツェルリを焼くのは初めてなので心配だったが、意外や意外、ジューシーに仕上がった。さすがに肉の量は少ないが、骨についた弾力のある肉の味が切り身で買う鶏肉より格段に美味しい。いい加減に作った詰め物も歯ざわりがよく、パン粉ばかりの市販の詰め物など買わないほうがいいと思った。

しかし、二人だったら一羽で十分。二つ目の丸焼きはそのまま残ってしまった。これは明日の昼にコールドチキンとしてサラダとともに食べよう。そのあとは、サンドイッチの具にしてもいい。

そして、最後にブッシュ・ド・ノエル。
買い物に行ったときに無性に食べたくなり、日系のベーカリーで求めた。

日本のケーキは甘さ控えめで、あっさりとしている。オーストラリアのこれでもかというほどの砂糖の量とは比べものにならない、懐かしい味だ。もっとも、オーストラリア人たちに言わせると「なんか甘くないね」となるので、これはひとそれぞれ、国それぞれなのかもしれない。

住宅街のクリスマス・イブはしんとしていて、時々通る車とバイクの音しかしない。今ごろホテルやレストランでは大騒ぎでクリスマスソングが鳴り響いていることだろうが、食後のキルシュをちびちびとやりながら、実はこのブログの名前ともなっている「がびのテラス」で風に吹かれるのも楽しいものだ。

がびんちの甘くないコールスロウ

初めてコールスロウを出会ったのは、大学生のときにケンタッキーフライドチキンを食べたときだ。美味しかったけれど、ずいぶん甘いサラダだなと思ったのだけは覚えている。

それからもう何度も食べているが、それでも「甘くない」コールスロウは食べたことがない。そう言えば干しブドウさえ入っているものもあった。
レシピを見ると、必ず砂糖が使ってある。オーストラリアのマヨネーズはそれでなくても甘いので、さらに甘くなるのは避けられない。まあ、マヨネーズと言えば、最近ではオーストラリアのスーパーでもキューピーマヨネーズが手に入るので、それしか買わなくなったけれど。

キャベツ自体が少し甘さを含んでいるので、わたしは家で作るときには砂糖を入れない。ただし、果物の清々しい甘さは好きなので、今晩のサラダにはリンゴを使ってみた。

キャベツは千切りではない。百切りぐらいか。千切りにするとキャベツの歯ざわりがあまりにも繊細になってしまうので、ここは豪快にザクザクと。ここに、薄切りスライスにしたリンゴも放り込む。百切りにしたら、混ぜているうちに細かくちぎれてしまうので、これもザクザクとリンゴだとわかるぐらいに刻む。

ドレッシングはサワークリームとそれより少し少ない量のマヨネーズ。そこに大さじ一杯の粒マスタード。ぎゅうと絞った新鮮なライムジュース。これだけだ。塩もコショウも入れない。ボウルにドレッシングを加え、よく混ぜ合わせたらあとは冷蔵庫で冷やしてなじませるだけだ。

その間に作ったのは、鶏のモモ肉のハーブグリルとジャガイモのロースト。モモ肉はハーブをたっぷりと振りかけてから塩コショウ、そしてフライパンで両面に焼き目をつけて、あとはジャガイモと一緒にオーブンで火が通るまで焼いた。

さて、コールスロウだが、必ず冷蔵庫で少しの間ドレッシングをなじませないと美味しくない。今回はタイで手に入る日本風の柔らかいキャベツを使ったが、オーストラリアのキャベツはとても身が厚くて固いので、こうしないとまるでキャベツというより沢庵の歯ざわりが残ってしまうのだ。

そして、冷蔵庫から出した冷え冷えのコールスロウをもう一度ざっくりと混ぜてから食べる。コールスロウにはこってりとしたフライドチキンなのだろうが、今回はハーブグリルだ。とろりと深みのあるドレッシングで和えたので、リンゴの清々しい歯ざわりとしんなりしたキャベツが美味しくて、ボウル一杯につくったコールスロウがあっと言う間になくなってしまった。