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オランダ風パンケーキメーカーの不思議

少し気分がよくなったので、土曜日の買い物へ。冷蔵庫がガラガラってのはどうも落ち着かない。

クリスマスセール中のショッピングセンターはとても混んでいてどっと疲れてしまうのが常だ。でも、バンコクと東京へのおみやげも買わなければならないし、そんなことを言っていては出発前日の大騒ぎが目に浮かんでしまう。

やっとのことで駐車場の一角を確保し、大きなスーパーに行く。
「オランダ風パンケーキメーカー」がセールになっていた。なんと10ドル(約800円)。

オランダ風パンケーキって…一体何だろう。ヨーロッパに住んでいたときにも見たことがない。
しかし、何かに似ているよな、これ。

たこ焼きメーカーか? そんなバカな。
なんでそんなものが、こんなオーストラリアの片隅に「オランダ風パンケーキメーカー」として売っているんだ。
でも、よーく見るとテフロン加工の表面にこんなマークが。

うわ。これ、絶対「たこ焼メーカー」だ。800円ということで、即お買い上げー。
前記事では、「たこ焼なんか作れないよなあ」と思っていたが、日本人の友達を呼んで「たこ焼きパーティ」でもしようかしら。来年になりそうだけど。

しかし、不思議だ。
たこ焼メーカーとして製造したモノが、なぜ箱を変えていきなり「オランダ風パンケーキメーカー」になっているんだろう。

<追記>
Poffertjesと言うそうだ。小さな円盤型の甘いパンケーキらしい。
日本人のように「器用にクシでちょっとずつ裏返しながら丸くするという技術は望めない」ので、円盤型なのか。うーん。

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「日本のすり鉢」を夢見るこのごろ

キッチンで一番使う器具は何ですか、と問われたら、わたしは即座にモルターとペストルと答えるだろう。これは、わたしがかなり頻繁にスパイスとハーブを使うからだ。台所接続の小さな食料保存室には、粉にしていない丸のままのスパイス類が瓶入りで整理していあるし、庭には使い切れないほどのハーブ類が雑草のようにうじゃうじゃと生えている。

石臼と訳していたが、これは本来は小さなすり鉢だ。だが、日本のすり鉢とは違い、重い御影石(みかげいし)でできている。スリコギも石だ。化学の実験などでは「乳鉢」と「乳棒」と言うらしい。そして、使いかたは「擦る」というより「叩き潰す」だ。時々、魚屋で見かける安い鮫肉などを使ってハンペンやガンモドキなんか作ってみたいなあ、と思うのだが、わたしのモルターでは小さすぎる。

今回日本に帰っていたとき、母の伊達巻を食べた。
蒸した白身魚とハンペンをやさしく、ごりごりと擦る。ペーストになったら出汁と生卵を少しずつ入れて、擦る。焼いているときのいい香りは、家中にこもってお腹がすいてくる。小さいときのわたしは、この伊達巻作りの「すり鉢担当」だった。タオルを敷いたお膳の上に大きなすり鉢を置き、母の「ゆっくり静かに擦るのよ、卵がはいるとあふれるからね」を背中に聞きながら、自分の腕ほどもあるスリコギをなるべく静かに、だがリズミカルに動かす。おせち料理を食べるのは二日で飽きてしまったけれど、それを作り始める年末の台所は活気があってとても楽しい場所だった。

そう言えば、今は寝てばかりいる老犬ゆうちゃんも、まだ若いときにこの伊達巻を盗んだことがあった。伊達巻は、温かいうちに巻き簾でしばらく形を整えたら、今度は出して冷まさなければならない。そうして隣の部屋に置いてあった太い伊達巻が、三本とも全て消えてしまったのだ。足の短いゆうちゃんでも届くちゃぶ台に置いたのが、間違いだった。しかし、卵十個以上の伊達巻を食べても、病気にもならずピンピンしていたというからさすがだ。(ただし、汚い話だが「大のほう」はしばらく「伊達巻色」だったらしい)

がんもどきやらハンペンを作るのに、電気式の調理ミキサーを使えばいいと思ったこともある。だが、電気の力で高速に練り上げるのがどうも気に入らない。自分の手で様子を見ながら仕上げたい、とどうしてもこだわってしまうのだ。炒ったゴマだって、プチプチと言わせながら擦ったほうが、いい香りにすぐ気づくじゃないか。それに、かかる時間から見たら大して違わない。使ったあとだって、変にデコボコのあるミキサーを洗うくらいなら、すり鉢を洗うほうが手間がかからない。

ああ、日本のすり鉢が欲しいなあ。

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恥ずかしながら「目分量」「舌分量」

わたしの料理は本当にイイカゲンなので、友達がいつか来たときにも「アンタの作り方は、ずいぶんテキトーなのねえ」と感心されたくらいだ。そのひとは、しょうがねーなー、と思ったのだろう、夕食に招待したときにわざわざ早めにやってきた。わたしが「えーと、まあレモン汁はこれくらいね」と見せたところを、「じゃあ、まあ、大さじ2はい、としておくか」と書いていたのだ。(ここで、苦笑してください)

もちろん、雑誌や本のレシピを見ながらつくるときもあるが、あまり正確に計ったためしがない。だから、わたしが料理をつくるところを見た彼女は、「アンタってずいぶん、いろんなところに指つっこんで舐めるのねえ」とまた感心した。自分に美味しいと思えるものをつくるのが基本なので、舌で調節しちゃうわけだ。(ここでもまた、セイダイに苦笑してください)

お菓子やらパンを焼くときには粉やべーキングパウダーを正確に計るが、そのほかにヒトサマに堂々と公開できるような「正確なレシピ」と呼べるようなものはない。写真を撮るのは、このところそれに凝っているからでもあるが、証拠写真を残しておいて後で「ああ、こんなものも作ったっけな」と記憶を再生させるためだ。

昔クックパッドというサイトでレシピの保存を始めたこともあったが、4つくらいでオテアゲになった。わたしの「目分量」「舌分量」を正確に大さじだのカップ一杯だのに置き換える作業がめんどくさくなったし、実際そんなヒマもなくなった。
まだサイトだけは残っているので、興味のあるひとはこちらからどうぞ。あのころは写真も非常にヘタクソだった。

誰かが「レシピブックを書きませんか」なーんて言ってくれたら、またこのブログに残っている料理を全部一度やり直して正確に計ることもできるが、今のところまだそんな酔狂なひとはいない。当たり前だけど。

作り方と材料だけは一応手順どおり書いてあるので、もし作ってみたいというひとはこのとおりにすれば何とかできあがる。と思う。いや、思いたい。気が向いたら分量も記すかもしれないが、次から同じものを作るときには分量が微妙に違っているような気がする。こういう私的な事情をさらすのは実は非常にハズカシイのだが、まあ何度も苦笑してアタマふってくだされば幸いです。ごめんなさい。

かのん51さんがグレンのトマトチャツネを誉めてくださったので、10月21日のエントリにそのレシピだけは付け足した。グレンのレシピは、もちろん彼が送ってくれた正確な分量がある。