2009年2月アーカイブ
肉というものは、買う場所によって質がかなり違う。別に脂身が多いとか、古いとかいう問題だけではない。味も見た目も違うし、サービスも違うのだ。日本では「精肉店」という小売店がすたれ、ほとんどがスーパーの一角の精肉コーナーになりさがってしまったが、肉食人種の住むヨーロッパやオーストラリアでは、まだこの「精肉店」が立派に顧客を持っている。肉には卸のときから「グレード」がある。そのグレードによって、卸の際にも値段がかなり違うのだ。薄利多売のスーパーは、この卸の時点でかなり安いものを仕入れることになるが、精肉店では「美味しい肉には金を払う客」のための、質のよい肉も仕入れなければならない。「百グラム何万円もする松坂牛」を売る店ではなく、様々な料理法に合わせて、豚、牛、仔羊などの、様々な部位を的確にアドバイスさえできる店のことだ。そして、「値段がはる」といっても、たかだか数百円の世界だ。
わたしは、スイスにいたときからこの「精肉店」というのが大好きで、肉を買うときにはほとんどこうした店で買い求めてきた。ステーキだって、色々な種類がある。マリネしてから焼くものも、塩コショウしただけで、さっとグリルするだけのものもある。そのたびに店の太ったオジサン(どうして、肉屋のオヤジはみんな太っているんだろう)に、「ねえ、コレコレの料理をしたいんだけど、どれがいいのかしら」と聞いてみるのも、楽しい。ずうっとこんな会話をしてきたおかげで、今ではあまり迷わずに肉の部位の名前を言えるようにもなった。
実は、今日はそんな肉屋に行って「ヨーロピアンカットの骨付きチョップをください」と頼んだ。ところが「ヨーロピアンカットはないよ」との、つれないお答え。ヨーロピアンカットというのは、飛び出た骨の部分の肉を、きれいにそぎ落としてあるチョップのことだ。見た目がいいし、骨をちょいと持ってがぶりと噛み付くのも楽しい。
「でも、今日はものすごくいいチョップがあるよ。肉厚だし、色もいい」というオジサンの言葉を信じて、それを求めた。骨にくっついている肉をせせるのもいいかな、と思い直したからだ。要するに、食いしん坊なだけなんだが。
帰って包みを開いてみると、なるほどピンク色で美味しそうだ。こういう肉には、もう何も手のこんだことはしない。塩コショウにパプリカをさらっとふりかけて、鉄製のフライパンでじゅうと焼き、あとはホイルをかぶせて10分ほど寝かせる。その間に、酢味噌を作る。そう、酢味噌だ。味噌と醤油、砂糖に米酢。それを全て混ぜて、アーモンドのきざんだのを加える。このほうが、洋風チョップにはコクがあって合うんじゃないか、と思っただけだ。ベビースピナッチと呼ばれるホウレンソウの若芽は、電子レンジでしんなりとさせるだけ。そこに「がび風酢味噌」をかけて、ポークチョップを置いた。
肉屋のオジサンが太鼓判を押しただけあって、肉はあくまでジューシィで柔らかく、臭みなど全くない。オーストラリアの豚肉は臭くってねえ、という日本人もいるが、常連のいる肉屋でお勧めの豚肉を買ってみたほうがいいかも。
昨年11月末、ゆきちゃんは手術で右目を失った。以前から赤い血疣が時々目頭に出来ていて、街の獣医のところで簡単な手術をしてもらっていた。が、大学病院の精密検査の結果、癌とわかったのだ。その後の検査では、さらに目の後ろにも細かい癌細胞がかなりあったので、眼球摘出ということになった。猫のようにごく小さな頭では、眼球を残しての手術は不可能だという。早朝、ケージに入れたゆきちゃんを連れていって、看護士に渡したとき、じっとふたつの目でわたしを見つめている彼女の姿に涙が出た。
三日後、引き取りに行ったとき、以前の簡単な手術とはわけが違い、へなへなとわたしのほうが床にへたりそうになるほど、ご面相が変わっていた。毛は剃られ、おまけに内出血の後が大きく黒々と浮かんでいる。切開は右目の辺りから鼻にまで及んで、もちろん糸で縫われている。
しかし、うちに帰ってきても、全くものを食べない。何をやっても、である。水さえ飲まない。じっと隅に横になっているだけである。ゆきちゃんの大好きな鶏肉をやってみてもダメだ。病院に電話すると、流動食を与えなさい、と言う。さっそく病後の食事用の缶詰をもらってきて大きな注射器で与えたが、いやいやをして逃げる。それも、体力がないからよろよろと逃げる。食べてよ、と言いながら、また涙が出た。
涙声で獣医の携帯に電話をすると、「おかしいなあ。フツウの猫は、ウチに帰ればさっそく食べ始めるものなのに」と言う。入院していたときは、しかし口を使って食べていたわけではない。管を通して、直接胃に落としていたらしい。「手術では口や内臓には触っていないし、食道や鼻にもだ。ということは、正常な生活を送れるはずなんだけど」
その後もゆきちゃんは全く食らしきものを口にせず、3日後にはまた病院にあずけられた。脱水症状が出ていたのだ。次の日、検査中に鼻から大出血。鼻の下を切り開いて呼吸できるようにしたが、ほとんど危篤状態。ようやくそれを脱して数日間、ほかの部分の癌の可能性とやらのため、様々な検査をされていた。食事は、喉に開けられた穴から食道にチューブを挿入され、注射器でどろどろの流動食を流し込む、という方法だ。検査の結果は、全て良。大出血の原因は不明。
「うちに帰ったほうが、彼女も普段の食事に切り替えやすいと思うよ」という獣医の言葉に、首から太いチューブをぶらさげているゆきちゃんをうちに連れて帰った。今度は、鼻の脇から口にかけて、また縫ってある。大出血のときの処置だった。口の周りにはたくさんのカサブタ。
「本来なら食べられる状態なんだから、フツウの食事も試すように」
だから一応いつもの食事を置いておいたが、一切口をつけない。仕方なく6時間おきに流動食を用意する。水と混ぜたその病院食缶詰をザルで濃し、とろとろにしてから大きな注射器で80cc。それから抗生物質をもう少し小さい注射器で流し込む。最後は、チューブが詰まらないように、40ccの水をそうっと注入する。急に入れてはいけない、と言われているので、全て終わるまで20分はかかる。片手で注入しながら、ゆきちゃんを優しく撫でているので、彼女はとてもおとなしい。終わると喉のチューブにキャップをはめて、ゆきちゃんをテーブルからおろす。
この6時間おきというのは、結構大変だった。学校はすでに休みにはいっていたから好都合ではあったが、何しろ朝六時、正午、夜六時、夜十二時の4回だ。支度にも時間がかかるから、この当時2週間ほど、わたしの睡眠時間は5時間を切っていた。
うまい具合と言ってはなんだが、ちょうどタイ・バンコクの国際空港が政争の勢いで占拠されてしまったため、バンコク行きのフライトは1週間延期にした。だが、その延期した期日が近づいても、ゆきちゃんはまだ何も食べない。食べたいという気持ちはあってオネダリさえするのに、食べ物に口を近づけてから顔をそむける。おかしい。
ほとほと困って、実は虫眼鏡で彼女の顔をくまなく見てみた。まだ抜糸していないから、目は縫われたままだ。鼻のところの糸は抜糸の必要のないもの。そして、その下の口をくまなく眺めていたら、上唇に沿ってかなりたくさんのカサブタがまだ残っている。これじゃないのか、と気づいた。食べようとして口を動かせば、カサブタがつれる。それがいやで、口を開こうとしないんじゃないのか。
次の日、強引にアポをとって病院に連れていった。カサブタを取ってあげてください、と頼んだ。またついでに血液検査もした。そして、また前肢の静脈の部分で内出血だ。「これも、今度検査してみなくてはねえ」と言うが、当分もう検査しないでください、と頼んだ。やりすぎだ。さて、3時間たって迎えに行くと、抜糸がしてありカサブタはきれいに取ってもらっていたが、前肢二本とも内出血した部分にゴム製の包帯が巻かれている。ゆきちゃんの肢は長毛でふっくらとしているのだが、ぴったりした包帯のせいで、その部分だけやけに細い。おまけにマッサオな色の包帯だ。こりゃ、ひどい。なんだかもう、病院に行くたびに、彼女の姿は無残になっていく。
「2時間たったら、取ってもいいですよ。出血は止まっているから大事をとって2時間ってこと」と言われて、ほっとした。
家に戻って、またゆきちゃんの好物カンガルーの生肉とドライフードをあげてみる。そうしたら、いきなりちょんちょんとつまんだ。ほんの少しだったが、口をつけて自分で食べた。今度は嬉しくて涙が出たが、ゆきちゃんはそれほど感激しているわけでもなく、またすぐに隅のほうに行ってごろんと横になった。一日目は、たぶん50gぐらいか。食道への流動食はまだ続けていたが、日に日に自分で食べる量は多くなっていった。
そして、ついにいつもと同じ量を食べたときには、すでにわたしの出発は2日後にせまっていた。猫ホテルは予約したあるのだが、心配だった。で、しつこくもまた獣医に電話する。
「センセイ、わたしフライトをまた延期したほうがいいでしょうか」
「いや、その心配はないでしょう。今日来てくれれば、チューブをはずしますから」
はずしてもらったら、今度は首に5ミリほどの穴が黒々と開いている。
「センセイっ、穴まだひらいてますけどっ。いいんですか、このままで」
「時々、この消毒液をちょんちょんとコットンでつけとけば、大丈夫。絆創膏を貼っちゃうと、直りが遅いからね」
2日後、猫ホテルに連れて行った。事前に何度も電話をしておいたが、担当のオネエサンが飛んできた。
「わたしのプリンセスちゃんっ」
この猫ホテルは、正式には猫愛護団体が経営している非営利のホテルだ。宿泊料金は、ほかのところと同じぐらいとるけれど、個室でタタミ1畳ほどもあるし、世話も行き届いている。働いている人たちは全て「猫イノチ」のボランティア、「猫ッ可愛がり」も尋常じゃない。ダーリンだの、かわいこちゃんだの、マイラブだの。。。ゆきちゃんはここでは色々な名前で呼ばれているらしい。
「大丈夫よ、何かあったらわたしが車で大学病院まで連れていくから」
その言葉に安心して、全ての電話番号を書き付けたメモを渡した。わたしの友人が一応、責任を持って「もしも」の支払いを請け負ってくれるし、いざとなったら引き取って面倒も見ると約束もしてくれた。
それでも心配で、タイから、そして日本からも何回かインターネットからホテルに電話した。そのたびに、「よく食べてますよ」とか「毛がだいぶ伸びましたよ」と報告してくれて、やはりここにあずけてよかった、と安心したものだ。
一月にパースに帰ると、ゆきちゃんの目の周りの毛はふさふさと元に戻り、真ん中が少々くぼんでいるだけだった。12月当時はまだ腫れがひいていなかったため、盛り上がっていたのだ。皮をひいて縫い合わせてあるから、右の口端は手術時より下がったとはいえ、それでも上に向かって引きつれている。下唇にかぶさらないから、右の歯も少し見える。
片目だとバランスがとれなくないかなあ、と心配していたが、これも今ではどこへでもジャンプできることがわかってほっとした。テーブルの上ぐらいなら、昔のように一発でひらりと飛び乗れる。食欲もある。
時々、どうかすると左を上にして寝ていたりして、彼女の右目がないことを忘れてしまうが、ごろんと寝返りをうつと、やっぱり右側の少々美しくない半分が現れる。まじまじと見てしまうが、ゆきちゃんは「何だよう」という顔でわたしを片目でじっと見つめ返す。でもね、ゆきちゃんはやっぱりわたしのゆきちゃんなのだ。
ほかの人が見たら、たぶんびっくりするような顔になってしまったかもしれない。でも、癌は全て摘出できた。獣医の言ったように、これで彼女はまだまだ10年以上「猫生」を謳歌できるだろう。
そういえば、顔に関しても、獣医は大真面目な顔でこうつけ加えた。
「いや、彼女には見えませんからね。別に、気に病んだりなんかしませんよ。本人(本猫)が気にしてないんだから、いいじゃないですか」
そうだよねえ、ゆきちゃん。
先週、扁桃腺炎のためかかりつけのクリニックに行った。熱もあったが、何しろ待たされること、待たされること。予約時間の三十分も前に着いてしまったのもあって、一時間も待合室の固い椅子に座らされることになった。最初のうちは、隣の子供がどたどたと走り回り、その母親の注意する声が子供のより大きいとあって、眉間のシワが深く深くなりつつあったのだが、ようやく子供が診察室にはいってほっとしたからかもしれない。
寝てしまった。しかも、眉間のシワより深く。
肩をたたかれて「おお」と目が覚めたのだが、前の席に座っている人たちがじっとわたしを見ていた。実は、西洋ではこの「人前で寝る」ということが大変珍しいのだ。
毎年姉妹校に交換留学生を送っているが、帰ってきた彼女たちの話に必ず「電車で熟睡している日本人」に驚いたというエピソードがはさまる。もちろん、そうした写真もかなりたくさん撮っているらしい。
そういえば、老いも若きも、携帯電話をいじる以外は皆ほとんど目を閉じる。目を閉じているだけのひともいれば、もちろんコックリコックリと眠りこけるひともいる。だんだんと口がぽわんと開き、後ろの窓ガラスに頭をごつんとぶつけて、はっと目が覚めるひともいる。隣の人の肩にそろそろと頭をもたせかける迷惑なひともいる。「皆、疲れているんだなあ」、そして「なんて無防備なんだろう」と、一年に一度しか帰国しない半分ガイジンのわたしは思う。何のことはない、車窓の景色と前に座ったひとたちを見るのに飽きると、わたしだって目を閉じるんだけれど。
電車の中で安心して目を閉じられるのは、日本がほかの国々に比べるとまだまだ安全、ということを意味しているのかもしれない。
だから、RAKUDAITAの真伊さんが「フランスの電車で熟睡して、終点で声をかけられた」という話を読んで、あ、やっぱり日本人だねえ、とにやり。
寝てしまった。しかも、眉間のシワより深く。
肩をたたかれて「おお」と目が覚めたのだが、前の席に座っている人たちがじっとわたしを見ていた。実は、西洋ではこの「人前で寝る」ということが大変珍しいのだ。
毎年姉妹校に交換留学生を送っているが、帰ってきた彼女たちの話に必ず「電車で熟睡している日本人」に驚いたというエピソードがはさまる。もちろん、そうした写真もかなりたくさん撮っているらしい。
そういえば、老いも若きも、携帯電話をいじる以外は皆ほとんど目を閉じる。目を閉じているだけのひともいれば、もちろんコックリコックリと眠りこけるひともいる。だんだんと口がぽわんと開き、後ろの窓ガラスに頭をごつんとぶつけて、はっと目が覚めるひともいる。隣の人の肩にそろそろと頭をもたせかける迷惑なひともいる。「皆、疲れているんだなあ」、そして「なんて無防備なんだろう」と、一年に一度しか帰国しない半分ガイジンのわたしは思う。何のことはない、車窓の景色と前に座ったひとたちを見るのに飽きると、わたしだって目を閉じるんだけれど。
電車の中で安心して目を閉じられるのは、日本がほかの国々に比べるとまだまだ安全、ということを意味しているのかもしれない。
だから、RAKUDAITAの真伊さんが「フランスの電車で熟睡して、終点で声をかけられた」という話を読んで、あ、やっぱり日本人だねえ、とにやり。
八百屋マーケットの店先には、様々な桃が並んでいる。真夏のオーストラリアでは、今が一番桃の美味しい季節だ。桃は収穫の時期が短いので、ここぞとばかりわたしは桃ばかり食べる毎日である。日本の桃と違って、手のひらに入るほどの小ぶりのものが多いし、果肉は少し歯ごたえがあって、しつこいほど甘くもない。果物を、菓子ではないメインの料理に使うことに凝っていたこともあって、桃が出てきたらもう飽きるほど使う。そこで、今日もまたホワイトピーチを使っての一品。
サルサというのは元々スペイン語でソースのことだけれど、メキシコではどちらかというと野菜や果物をざくざく切って混ぜ合わせた冷たいソースまたはディップのようなものらしい。そして、オーストラリアで言うところの「サルサ」もこのことだ。
実は、わたしは「生」の玉ねぎはあまり好きではない。だって辛いんだもん。だから、ほとんどのサルサに大量に入っている玉ねぎは、わたしの料理では「ぱらぱら」と見え隠れするぐらいにしか使われない。
さて、なべで湯をぐらぐら沸かしている間に、サルサ用のマリネを作る。まずは、白ワイン酢を大きなステンレスボウルの底にたらりとたらす。そこに、人口甘味料、すったショウガとニンニク、クーミン、庭からむしってきたイタリアンパセリとペパーミントを加えて混ぜるだけ。そこに、冷蔵庫にある残り野菜を片っ端から刻んで放り込んでいく。今回は、赤ピーマン、玉ねぎ少々、そしてシュガースナップピーだ。赤唐辛子を切らしていたので、これだけは乾燥フレークのものを使う。さて、湯が沸いたらそこにホワイトピーチを放り込んで、火を止める。数分置いて取り出せば、皮がするりと剥けるから、果肉を刻んで加える。
鶏胸肉は、中近東のスパイス「スマック」をふりかけ、塩コショウしてオリーブオイルで焼いただけだ。最後にじゅうっとレモンを上から絞った。
適度に甘く、そして歯ざわりのよいホワイトピーチは肉料理にとてもよく合う。さっぱりとしていて、夏にぴったりの一皿だ。
このところ暑くて暑くて、夕方近くなると、西向きのパティオから強い西日が差し込んで、ブラインドを固く閉めなければならない。外はまだ明るいというのに、電気とエアコンをつけているのも妙なものだ。
今年は、WA州政府の試験的なDaylight Savingが三年目、つまり夏になると時計を1時間進めるようになってから三年目だ。おかげで、朝わたしの起きる時間の六時半なんてまだマックラで電気をつけなければならないし、夜はカンカン照りが八時過ぎまで続く。「電力を節約しましょう」なんて言ったって、そりゃあ無理というものでしょう。朝から電気をつけなきゃならないし、なんとか涼しくなるのは、暗くなった九時ごろからなのだから。
それに、学校から帰ってからの数時間、気温40度に耐えられるほどわたしは我慢強くない。
後1ヶ月で終わるこのDaylight Saving、ヨーロッパのそれとは全く意味が違う。わたしの住んでいたフランス、スイスではこの夏時間がなければ、日照時間が長すぎるのだ。つまり、夏にはたとえ1時間進めても、朝はすでに5時ごろから日が昇ってしまうし、夜は9時過ぎまで明るい。これがないと、ヘタすりゃ11時ごろまで夜にならない。そして、反対に冬は朝9時ごろまで暗いし、5時にはまた日が落ちてしまう。こういう国々では、夏には時間を進めてもらったほうがありがたい。暗い冬が終わって、やっと「暖かい」気候になったのだから。スイスなんか、夏だって20度台だ。
これを南半球で、しかも夏も冬も日照時間にヨーロッパほどの差がない国でするのがおかしいと思うのだけれど、学校や会社の後で「まだ明るい」ということがこの国の人たちにはとても楽しいことらしい。西オーストラリアでは「まだ明るい」は「まだ暑い」を意味するのも、朝7時までマックラなのも、大半の人たちには気にならない(らしい)。
賛成派のもうひとつの理由は、東オーストラリアとの時差が開き過ぎないことだ。実は、同じ国でありながら、例えばシドニーとパースには2時間の時差がある。夏はこれが3時間なのだ。すでにDaylight Savingを実行している東海岸とのビジネスに、時差が2時間のままであり続けるというのは、やはり有利だからだ。
西オーストラリアでは、東海岸より1週間早い三月末にまた1時間時計を遅らせることになるが、Daylight Savingの試験期間三年が終わったことから投票になり、最終的に持続するかどうかが決定される。わたしはもちろん永住権を持っているだけで、投票権はない。だから、ブツブツ言っても、結局オカミの沙汰に従わざるをえないわけだ。ふん。
あ、これは余談だが、西オーストラリアの投票率はほとんど100%に近い。理由は簡単、行かなきゃ罰金が課せられるので。
今年は、WA州政府の試験的なDaylight Savingが三年目、つまり夏になると時計を1時間進めるようになってから三年目だ。おかげで、朝わたしの起きる時間の六時半なんてまだマックラで電気をつけなければならないし、夜はカンカン照りが八時過ぎまで続く。「電力を節約しましょう」なんて言ったって、そりゃあ無理というものでしょう。朝から電気をつけなきゃならないし、なんとか涼しくなるのは、暗くなった九時ごろからなのだから。
それに、学校から帰ってからの数時間、気温40度に耐えられるほどわたしは我慢強くない。
後1ヶ月で終わるこのDaylight Saving、ヨーロッパのそれとは全く意味が違う。わたしの住んでいたフランス、スイスではこの夏時間がなければ、日照時間が長すぎるのだ。つまり、夏にはたとえ1時間進めても、朝はすでに5時ごろから日が昇ってしまうし、夜は9時過ぎまで明るい。これがないと、ヘタすりゃ11時ごろまで夜にならない。そして、反対に冬は朝9時ごろまで暗いし、5時にはまた日が落ちてしまう。こういう国々では、夏には時間を進めてもらったほうがありがたい。暗い冬が終わって、やっと「暖かい」気候になったのだから。スイスなんか、夏だって20度台だ。
これを南半球で、しかも夏も冬も日照時間にヨーロッパほどの差がない国でするのがおかしいと思うのだけれど、学校や会社の後で「まだ明るい」ということがこの国の人たちにはとても楽しいことらしい。西オーストラリアでは「まだ明るい」は「まだ暑い」を意味するのも、朝7時までマックラなのも、大半の人たちには気にならない(らしい)。
賛成派のもうひとつの理由は、東オーストラリアとの時差が開き過ぎないことだ。実は、同じ国でありながら、例えばシドニーとパースには2時間の時差がある。夏はこれが3時間なのだ。すでにDaylight Savingを実行している東海岸とのビジネスに、時差が2時間のままであり続けるというのは、やはり有利だからだ。
西オーストラリアでは、東海岸より1週間早い三月末にまた1時間時計を遅らせることになるが、Daylight Savingの試験期間三年が終わったことから投票になり、最終的に持続するかどうかが決定される。わたしはもちろん永住権を持っているだけで、投票権はない。だから、ブツブツ言っても、結局オカミの沙汰に従わざるをえないわけだ。ふん。
あ、これは余談だが、西オーストラリアの投票率はほとんど100%に近い。理由は簡単、行かなきゃ罰金が課せられるので。
調べてみたら、MortonBayBugには日本名もあった。「ウチワエビモドキ」と言うんだそうな。海老のような、はたまた小さなロブスターのような、不思議なシーフードの一種だ。冷凍だけれど二個しか残っていなかったので、使い切ってしまおうと思う。海老は、もちろん新鮮なやつだけれど。パスタは、行きつけのイタリア食材屋で買ってきたホームメイドのタリアテッレだ。これは、実際に大きな機械からニョロニョロと出てきていたのを買った。こうした新鮮なパスタは、茹で時間が短いので気をつけなければならない。
実は、このパスタはものすごく速くできる。始めてから出来上がるまで、たぶん十五分もあれば十分かもしれない。
まず、最初に大きな寸胴なべにたっぷり湯を沸かす。その間に、切るものを全て切る。殻を剥いた海老とモートンベイバグはまだ冷蔵庫の中だ。これは、猫のゆきちゃんがキッチンカウンターから「熱心に」見下ろしているため。
ニンニクを1-2片ぐらいアラみじん切り、生唐辛子は小口切り、レモンの皮も削るというよりジャガイモの皮を剥くようにしてから、みじん切りに。
日本ではイタリア語の「ルッコラ」のほうが有名だが、こちらではロケットという野菜。胡麻のような風味で、サラダに使うことも多い。これを、ざっと水で洗ってざるにあける。
準備万端整って、大きなフライパンにたっぷりとオリーブオイルをたらす。ニンニクと唐辛子が香り立つまで炒め、海老とモートンベイバグを入れて炒める。ここで、タリアテッレが寸胴なべの熱湯に沈む。フライパンだろうが、寸胴なべだろうが、同じ菜ばしでかき混ぜるのはいつものこと。フライパンのシーフードがふっくらとしてきたら、塩コショウ。そして、レモンの皮もここでパラパラと加える。
さて、ここに登場するのが秘伝の海老エキス。いや、秘伝はちょいと大げさだね。単にタイ産やらベトナム産やらの殻付エビがものすごく安い時に大量に買ってきて、グラグラと煮ておいただけなのだ。濃いねっとりとしたスープ状のものを小分けにして、冷凍してある。これを、大さじ三杯ぐらいだ。ふつふつといったら、ルッコラを上から大量に加え、静かに混ぜる。タリアテッレはもう茹で上がりだから、これをザルにあけ、すぐにしんなりとしたルッコラの上に。火を止めて、さらっと混ぜ合わせ、上からたっぷりとレモン汁をかける。これで、おしまい。
本当はすぐにほおばりたいところだけれど、涙を飲んでそそくさと写真撮影した。
ソースも何もないシンプルなチリオイルのパスタだが、材料がいいだけに、もう香りを楽しんだだけでお腹がぐうと鳴る。海老エキスのしみたタリアテッレを甘くて歯ざわりのいいモートンベイバグとぷりぷりの新鮮車海老にからませて、食べる、食べる。
木曜日から扁桃腺を腫らして、また39度の熱が出た。ウンウンとうなって寝たのは、運よく二日だけ。昨日はまだ少々熱もあったが、何にもない冷蔵庫を満たすために慌しく買い物にも行ってきた。今日からはもうフツウの生活をしている。普段なら1週間ほど休んでしまうのだが、今回は軽かった。喉の腫れが引いたら、そりゃあきちんと食べたいでしょう。何しろ、木曜日から流動食だったんだから。
昨日買い物に行ったとき仕入れてきたのは、なんと大きなレッドスナッパー1尾丸ごと。切り身にしているものもあったが、新鮮で色鮮やかなこの魚を見たら買わずにはいられない。残ったって、色々活用できるしね。鱗と内臓を取ってもらったけれど、それでも八百グラムあった。
で、こういうもので何を作るかというと、塩釜だ。以前友達から教わっておいたのに、なかなか作る機会がなかったのだ。
まず岩塩、英語でいうところのRock Saltだ。これを二キロ。ボウルにざざっとあけ、レモンの皮をがりがりと二個分けずって加える。ここに水をカップ1杯ぐらい入れたら、ざくざくと混ぜ合わせる。半分ほどをオーブン皿に敷き、スナッパーを置いて、残った塩をまんべんなくかぶせる。ぎゅぎゅぎゅううと抑えてこんで、塩を固く固く締め付けてやる。まだボウルに塩水が残っていたら、もったいないからたらりとかけてしまう。これだけだ。
後は、二百度に温めておいたオーブンで四十五分から一時間ぐらい。焦げ目が全体についたところで、火を止める。五分ほど寝かせてやって、さあお楽しみはこれからだ。
包丁の柄か、でかいスプーンなどをつかってコンコンと叩いてやれば、塩釜がぽろりぽろりと剥がれる。ほろほろとこぼれた塩は、調理用のブラシを使ってささっと払ってやる。魚を別の皿に盛って櫛形に切ったレモンをたくさん添えたら、「よーいドン」で箸が四方から寄せてくる。
スナッパーは鯛の一種だ。蒸されて塩を吸った肉はしっかりとした舌触りで、ほのかな甘さと風味が口の中に広がる。ああ、美味しい。喉の腫れが引いて「開通」したお祝いですな、これは。
「篤姫」50エピソードを全て一気にVeohからダウンロードし、毎日ひとつずつというペースで見始めた。先月ふと思いつき、必要なコードを揃えて52インチのテレビに接続してから、いやーもうヤミツキだ。すでに終わっちゃった大河ドラマと笑うなかれ、このクソ暑い真夏のパースで、画質のいい時代劇(それもわたしの大好きな幕末)を見たいときに見られること自体、もう嬉しくて嬉しくて。
毎年一回は日本に里帰りするとはいえ、二十代の俳優はほとんど知らない。だから、彼らが普段はツンツン髪で「わたしにわからない21世紀スラング」を使いながら話すことも知らないし、交友関係で女性誌を賑わせていることも知らない。チョンマゲ姿しか見たことがなかった瑛太という俳優が、「ヴォイス」というドラマ(これもダウンロードしてみた)で、フツウの髪型をしているのを見て、ほうと驚いたくらいだ。
徳川家定を演じている俳優(堺雅人)があまりにも「骨格的」に見て、徳川時代の公家体型なのにも感心してしまった。首が細く顔幅が狭く、しかも痩せ型でなで肩だ。とても品のいい顔立ちでもある。もう、なんだか江戸時代からタイムスリップしてきたみたいだ。こういう人は、現代ドラマではどんな役を演じているんだろう。
そして、井伊直弼役の中村梅雀と島津斉彬役の高橋英樹の所作の美しさ。座るとき、平伏するとき、立ち上がる時。昔、インタビューで高橋英樹が「現代劇で刑事役をやった時、走り方がサムライになってしまって困った」と言っていたことを思い出した。何回やっても、腰を落として背筋をまっすぐ保ったまま「たたた」と走ってしまうそうな。さもありなん、と言うべきか。
そんなわけで、毎回かなり新鮮な思いで見ている。
「大河ドラマがかなりホームドラマ路線になっちゃっている」とか「言葉遣いが江戸時代と昭和・平成がゴチャ混ぜで変だ」とか「江戸時代では絶対あり得ない作法」とか、色々と突っ込みどころは多々あれど、まあ豪華絢爛で楽しいことには変わりない。
「篤姫」各エピソードの率直な感想と堺雅人ヒトスジの楽しいサイトも見つけた。
http://www1.cnc.jp/nico925-foolonthe/sakai/atsuhimetop.html
表紙からは、NICOさん自作の幕末小説も紹介している。
http://www1.cnc.jp/nico925-foolonthe/
ここのところネットから遠ざかった生活をしていたが、楽しみも増えたことだし、これで書き散らしのブログも再開(ということになるかもしれない)。
毎年一回は日本に里帰りするとはいえ、二十代の俳優はほとんど知らない。だから、彼らが普段はツンツン髪で「わたしにわからない21世紀スラング」を使いながら話すことも知らないし、交友関係で女性誌を賑わせていることも知らない。チョンマゲ姿しか見たことがなかった瑛太という俳優が、「ヴォイス」というドラマ(これもダウンロードしてみた)で、フツウの髪型をしているのを見て、ほうと驚いたくらいだ。
徳川家定を演じている俳優(堺雅人)があまりにも「骨格的」に見て、徳川時代の公家体型なのにも感心してしまった。首が細く顔幅が狭く、しかも痩せ型でなで肩だ。とても品のいい顔立ちでもある。もう、なんだか江戸時代からタイムスリップしてきたみたいだ。こういう人は、現代ドラマではどんな役を演じているんだろう。
そして、井伊直弼役の中村梅雀と島津斉彬役の高橋英樹の所作の美しさ。座るとき、平伏するとき、立ち上がる時。昔、インタビューで高橋英樹が「現代劇で刑事役をやった時、走り方がサムライになってしまって困った」と言っていたことを思い出した。何回やっても、腰を落として背筋をまっすぐ保ったまま「たたた」と走ってしまうそうな。さもありなん、と言うべきか。
そんなわけで、毎回かなり新鮮な思いで見ている。
「大河ドラマがかなりホームドラマ路線になっちゃっている」とか「言葉遣いが江戸時代と昭和・平成がゴチャ混ぜで変だ」とか「江戸時代では絶対あり得ない作法」とか、色々と突っ込みどころは多々あれど、まあ豪華絢爛で楽しいことには変わりない。
「篤姫」各エピソードの率直な感想と堺雅人ヒトスジの楽しいサイトも見つけた。
http://www1.cnc.jp/nico925-foolonthe/sakai/atsuhimetop.html
表紙からは、NICOさん自作の幕末小説も紹介している。
http://www1.cnc.jp/nico925-foolonthe/
ここのところネットから遠ざかった生活をしていたが、楽しみも増えたことだし、これで書き散らしのブログも再開(ということになるかもしれない)。


