2006年3月アーカイブ

nectarinesalami.jpg早く涼しくならないかなあ、とブツクサ言いながら毎日を過ごしている。
日本なら、九月の残暑というところか。三十五度を超える日々が続いていて、働くのも机に向かうのもつらい。

幸いなことに、この季節は果物が美味しい。みずみずしい葡萄は種をぷうと吹き飛ばしながら食べるのも楽しいし、大きな桃は皮付きのまま柔らかい果肉にがぶりとかぶりつく。プラムもネクタリンも豊富だ。
だから、学校に行くときには、いつも果物を何かしらカバンに入れて持っていく。おやつ代わりだ。

そんな季節のネクタリンを使ったサラダが、今日の晩ゴハン。
一度どこかの料理番組で見かけて以来、季節の果物とサラダの組み合わせが思いのほか美味しいと知ったからだ。ピーチに生ハム、柔らかい鶏肉にマンゴ、イチゴとミントにスモークサーモンをあわせたこともある。

今日のネクタリンは、鮮やかな黄色の果肉を持つ西オーストラリア産のもの。これを皮付きのまま八等分し、ベビーアジアンと呼ばれるサラダミックスを広げた上に次々と乗せる。ランチの残りのハンガリアンサラミは、パプリカが効いているスパイシーなもの。これもちぎって乗せる。サラミの塩分があるから、塩を軽くぱらぱら。コショウもぱらぱら。上からバージンオリーブオイルをふりかけ、バルサミコ酢を加えたら、もう出来上がりだ。
バルサミコ酢は、出来ればつんとこないまろやかな年代ものを。多少値ははるが、直接食べるものだからこそいいものを使いたい。これならバージンオリーブオイルとともに小さな小皿に出し、そこにパンを浸して食べてもいい。バター代わりによくイタリア料理店で出す「付きだし」だ。

こんなふうにドレッシングをあらかじめ混ぜ合わせないで直接かけるのは、イタリア式のサラダだ。すき焼きで、割り下を使う地域があるのと直接調味料を鍋に入れる地域があるのと同じようなものかもしれない。

salmonvinegrette.jpg昨日日曜日には、久しぶりに日本人の友達が寄ってくれた。
わたしが一月にタイからこちらに戻ると同時に、日本に長期里帰りしてしまった女性だ。ずいぶん会っていなかったので、戻ったと知らせてくれたのを機会に夕食に招待した。

土曜日にはもう彼女が来ることがわかっていたので、魚屋を覗く。鮭のアラが大量に積んであって食指をそそる。が、ここ数日の35度前後の気温では、そんなもの使ってアラの味噌汁を作ろうかと考えるだけで汗がふきだす。
「タスマニア産の新鮮な鮭だけど、今日のはアブラがのっていて美味しいよ」
いつものように、顔さえ見なければ完璧なオーストラリア英語が横から飛んできた。ひょいと振り向くと、中国系の丸顔がニコニコと微笑んでいる。この店の主人だ。

そうか、だからこんなにたくさんアラが出たんだ、と指差されたほうを見ると、フィレにした部分が美味しそう。さっそくふた切れ買った。

暑くてあまり火を使いたくない。びりびりと辛いのもちょっとなあ。
こういうときには、さらっとしたソースをかけるだけにして。たっぷりのオリーブオイルをフライパンに熱し、鮭を両面じっくりと焼く。新鮮な鮭を使うときはミディアムにして、真ん中がほんの少し赤みを帯びたピンク色くらいのほうが美味しい。
焼けたら、このオリーブオイルに今度は香りの強いバージンオリーブオイルを足す。そこにつぶしたニンニクとあまり辛くない鷹の爪のみじん切りをぱらぱら。豆鼓(トウチ)は塩漬けにした黒豆だが、風味がよいのでこれもぱらぱら。醤油とレモン汁を一個分たっぷりといれ、ささっと混ぜ合わせて温まったら、最後にコショウをいれてオシマイ。

薄くスライスしたキュウリの上に鮭を乗せ、その上からフライパンのソースをたっぷりかけてやれば、ちょいと豪華なヌーベル・シノワ風になった。
生鮭で出来る簡単なもてなし料理だが、実はこれ、白いご飯にもよく合う。

今年はのんびりケンキュー生活かな、と思っていたら、いきなり忙しくなってしまった。

去年まで一緒に働いていた元同僚のお母様が病に倒れたため、しばらく学校を休むというのだ。「あなただったら、事情も授業も子供たちも知っているから」と請われ、結局ピンチヒッターということで、一度サヨナラをした学校に一学期だけ戻ることになった。

「あれー、なんでセンセイがまたいるのー?」と廊下で会う子供たちに声をかけられ、飛びつかれ、まるで幼稚園の子供たちのようにキャアキャアと喜ぶ顔を見ると、さすがにうれしい。

しかし、わたしが同僚のピンチヒッターで来たことを知ると、子供たちはため息をつく。わたしが一学期しか戻ってこないということと、わたしを結果的には「追い出した」新任の常勤日本語教師があまり好かれていないこと。ひとりふたりならまだしも、わたしの顔を見て駆け寄って来る子供たちの中、彼女のクラスにいる子たちが一人残らず不満をもらすというのは、尋常ではない。

彼女の授業がヘタクソだということは、たまたまオフィスで雑用をしていたときにわかった。すぐ隣の教室から彼女の授業の様子がもれ聞こえてきたからだ。同僚も不満をもらしていたが、これはひどい。荒れた学校から来たため、あまり授業らしい授業をして来なかったのかまとまりがない。これでは生徒がついて来ないだろう。
大したワークシートもないようなので、わたしの使っていたものを次から次へと手渡して、どう使うかまで教えてあげた。非常に喜んでいたが、今学期末のテストはわたしが全て作らなければならないような気がする。
実は一枚だけ彼女の作ったワークシートをもらったのだが、残念ながら使いものにならない。

このひとのために出て行かなければならなかったのかと思うと、また去年のように悲しくなった。情けないね。

hanbaagu.jpgちょっとここ二日で読まなきゃならないものがあって、外出していない。
いつものように、なんかないかなあと冷凍庫をゴソゴソ探したら、買ったまま冷凍しておいた牛ひき肉が見つかった。まだ午前中だったので、ぽんとカウンタの上に置いて解凍。ついでに冷凍庫からパンのスライスもひとつ出す。

実はずううっと食べたかったのだ、ハンバーグが。
何日か前に、ちょうどランチ時でお腹がすいたため、ついついショッピングセンターのセルフサービスでハンバーガーなんぞ頼んでしまったためだ。お腹がすいていたとはいえ、デカくてマズイ。パンはあたかもスポンジでできているかのごとくふわふわで、ハンバーグの汁がにじみでるそばからぐしゃぐしゃとくずれる。肉も固くて油だらけのひき肉だ。半分食べて、一応胃がなんとかおさまると今度はハラがたってきた。
金輪際こういう場所では食べるまい、といつも思うのだが、ショッピングついでについつい手を出して非常に後悔する。

わたしの言う「ハンバーグ」は、もちろん子供のころから食べていた「おふくろの味」というヤツだ。ドミグラスソースを背中にのっけて鉄板でじゅうじゅうと音をたてるヤツを、飛び散る湯気と油を浴びながらフォークとナイフで食べる、というシロモノではない。

作り方は、母がもう何十年も作っていたのとほとんど同じ。
まず、玉ねぎのミジン切りをオリーブオイルでじっくりとあめ色になるまで炒める。母はサラダオイルを使っていたけれど、わたしは健康に気を使ってオリーブオイルで。
玉ねぎを冷ましている間に、大きなガラスボウルにひき肉をどさりと入れ、タマゴをひとつ割っていれ、カウンタの上でいい具合に固くなっていたパンのキレッパシをがりがりと削る。要するに、即席パン粉だ。そこに牛乳を少々。本当は、パン粉を牛乳にひたしてから、などと確かどこかのレシピに書いてあったような記憶もあるが、混ざってしまえば同じと思って無視する。
ニンジンもついでに削って入れてしまう。母は丁寧にミジン切りにして炒めていたようだが、玉ねぎを切って盛大に泣いたらめんどくさくなった。
塩・こしょうしてから、これを手でこねる。ねばりがでたら玉ねぎを加え、ざっと混ぜてタネの出来上がり。

これをボール上にし、両手でキャッチボールをして中の空気を抜く。小判のカタチに整えて真ん中をちょいとへこませ、小麦粉をぱたぱたとはたいたら、出来た分から次々と熱したフライパンへ。
ここからが大事なのだが、片面が焼けたら裏返して中火にし、今度は裏をじっくりと焼く。こうすると、小麦粉でシールしているのでふっくらと仕上がるのだ。ぷうっとふくれて、ちょいとつつくと透明な汁がでるようになったら出来上がりだ。この汁が、つつかないでもにじみでるまで待っちゃいけない。汁がなくなったら、ぱさぱさと固くなってしまう。

こうして作ったハンバーグにそえるのは、もちろん笑っちゃうほど簡単な「とんかつソースとケチャップのミックス」だ。これがなきゃあ、素朴な昭和の味はでない。

箸ですっと切ると、肉汁が中からあふれ出す。これをほうばって汁をすする。いやほんと、懐かしくってしかも美味しい。

gabyskitchen.jpg自分のブログをほったらかしにしてはいたが、その間に二冊目の電子出版にこぎつけた。もちろん、またもやマチともの語り」のMAOさんにテンテコ舞いをさせながら、だ。いつものことで、申しわけない。

今回の本「gaby's kitchen」は、名前の通りわたしの「だいどこ」からのエッセイだ。このブログに載せていた料理のエントリを加筆訂正し、また新たに料理に関係するコラムを加えた。全十章で、コラム各一本に料理と写真は各四品ずつ含んでいる。章の見開きにはわたしが日ごろ使う台所用品の写真を載せたので、かなりカラフルな仕上がりになっている。
本の終わりには、MAOさんが解説を書いてくれた。

理想書店からの発行で、定価420円。
本を読むには専用ソフト"T-TIME"が必要(無料ダウンロードはこちらから)。

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さて、実は最初に出版されたわたしの本「ある日、パースで」が、ポッドキャストの朗読でも楽しめる。
ポッドキャスト@FUKで、第三話「バースウッド」が現在配信中(トップページ右側のメニューからクリック)。劇団「ルースマン」の役者さんたちの朗読なので、さすがと言うべきか、恥ずかしいと言うべきか。初めて自分の書いたものを聴いたときには、なんだかもじもじしてしまい、MAOさんに不思議がられてしまった。

朗読というより「ラジオ劇」のように仕上がっているので、BGMに使われている洒落た曲とも相まって、しっとりとした味わいがある。

興味のあるかたは、是非聴いてみてください。聴いてから、「じゃあ本のほうも読んでみようかな」というかたは、こちらから電子本を購入できます。

uwa.jpgお久しぶりです。

アルバニーでの短期休暇の途中、手違いからダイヤルアップ接続ができなくなり、「まあ、帰ってから書けばいいや」と思いながら、何となく今まで放りっぱなしになっていた。生まれつきのグータラに加え、他のことで忙しいと頭がそっちのほうでイッパイになってしまうからだ。

とにかく、公立高校教師の仕事はとうとう見つからなかった。三年前の失業状態に逆戻りである。
ただひとつ違うのは、今月から「学生」に戻ったことだ。応用言語学の修士課程に入ることが、ぎりぎり新学期の始まる前に決まった。学生証もなく、電子化されている登録もできない。学生課の担当に言わせると「大丈夫よー。まあ、とりあえず講義にだけはどれでも出ていいから。適当に見てからでも選べるからね」。
大学と違って、大学院はずいぶんとフレキシブルだ。
そして、応用言語学は最低二年間の現場教育経験が必要とされるから、在籍している学生たちはほとんどがセンセイ、またはセンセイだったひとたちだ。したがって、何回かある講義は全て四時過ぎである。これなら、もし仕事が見つかっても細々と続けることができる。

そんなわけで、二月から始まった大学新学期(大学院は三月から)のキャンパスに、手続きのためもあって何度か足を運んだ。同じ専攻のひとたちと話す機会もあった。「高校でガキを教えているだけでは使わないような単語」を、久しぶりにアタマの隅から引き出して使うのも、また楽しいものである。

しかし、ねえ。
大学新学期なので、ちょっと前まで高校生だったという新入生がキャンパスにうじゃうじゃといる。うじゃうじゃどころか、ぎゃあぎゃあとかなりウルサイ。考えてみたら、こういう子供たちを去年まで教えていたのだから、ギャップを覚えて当然なのかもしれない。ヘタすりゃ、去年教えていた生徒に出くわす可能性だってあるのだ。

先週の金曜日にやっと学生証を手にいれたが、そのときの窓口でも「キャンパスカードを発行してもらいたいんですが」と口を切ったら、「スタッフですか、学生ですか?」と確認の質問が来た。
わたしの前にいた学生にはそんな質問してなかったのに。
しかしよく考えてみたら、わたしは到底学生には「見えない」。当たり前か。