2005年6月アーカイブ
雪こそ降らないが、今朝なんか6度だ。イタリア風魚のスープなんかいいね、ということで今晩は「ズッパ・ディ・ペッシェ」(Zuppa di Pesce)。
スープ用に売っている「魚の大骨」を2kgほど、大まかに切った玉ねぎ、セロリ、にんじんに水を4リッター。これを全部大鍋に放り込んでついでに月桂樹の葉を二枚加え、グラグラと20分ほど煮る。これを漉せば、フィッシュストックの出来上がり。
さて、同じ大鍋にオリーブオイルを熱し、玉ねぎとニンニクのみじん切りをじっくりと炒めてから、トマトのざく切り五個ほどを放り込んで、砂糖をぱっぱっ、トマトが柔らかくなるのを待つ。辛口白ワインを半カップほど鍋に入れ、ついでにわたしのグラスも満たし、缶トマトを汁ごとドボドボと鍋に流し込む。火を弱めて、五分ほどワインを飲みながらたまにかき混ぜる。後は先ほど作っておいたフィッシュストックを入れて沸騰させ、弱火で20分ほどことことと煮るだけだ。
出来上がったらミキサーでクリーミィにしてからまた鍋に戻し、白身魚のぶつ切り、海老、ムール貝をいれて5分ほど。魚に火が通ったらオシマイ。ミキサーはソースを作るときにも使うが、スープをなめらかにするのにも活躍する。口当たりのよさと深みのある味わいは、最高だ。
スープはイタリア風なので、もちろん最後にグラモラータ(にんにく、レモンの皮、イタリアンパセリのみじん切り)をぱらぱらとかけなければならない。ああ、いい香り。
何日か前、庭のポインセチアの写真をアップしたが、学校にはオーストラリアン・サイズのものがあるので、参考までに紹介。ちょうどフランス語教室の裏で、窓から見える場所だ。
わたしの背では一番下についた花に届かないので、4m以上はあるだろう。気候の温暖なパースでは、他の国では鉢植えが一般的なポインセチアがこんな大きさになってしまうのだ。
次、行ってみよう。
わたしが子供のころ、家にはゴムの木があった。比較的大きな鉢植えで、観葉植物らしく籐細工の鉢カバーがされていたを覚えている。艶のある大きな葉はとても深い緑色をしていて、その葉を一枚一枚牛乳をちょっとつけた布巾で拭くのは、いつも母かわたしだった。
「こうやって拭くと、もっとぴかぴかしてくるでしょう」
母の言葉は本当で、拭いたあとの葉は窓からの光を反射して美しく輝いた。
三人の子供たちと動物園のようにたくさんいたペットの世話で手いっぱい、その後子供たちの手が離れるまで母は好きな花々を育てることがなかったが、ゴムの木だけはいつも家の中にあった。
そんな思い出のある観葉植物だが、パースで遭遇したのは懐かしさを打ち砕くほどの大木だ。写真は近くの家の「庭」にあるものだが、右側にちょこっと写っているのはその平屋の屋根である。
しかし、この葉を一枚一枚牛乳で拭くわけないだろうね…。

少し晴れ間が見えたとは言え、依然として寒い。寒いときは、火を使って料理でもしないと足から冷え込む。週のど真ん中には、体力もつけなくちゃね。
ほんのちょっと脂身の入っているリブ肉のいいとこが手に入ったので、鉄製のフライパンで焼き目をつけてからオーブンで10分ほど火を通す。こうしないと、中が生のままだからだ。いくらわたしがミディアムレアが好きだからと言って、冷たい生肉を食べたいわけではない。火が通っているのに、赤いってのが「正統な」ミディアムレアだ。
これに、巨大なフィールドマッシュルームとブロッコフラワーを添える。ブロッコフラワーというのは、ブロッコリとカリフラワーをかけ合わせた野菜で、まあ「ブロッコリの色をしたカリフラワー」くらいのもの。
オーブンから肉を出したら、アルミホイルでくるんで5分ほど待って落ち着かせる。こうしないと肉汁が切っているうちにどんどんと流れ出てしまうので。
こんな感じのローストは、さめてもサラダに使ったりサンドイッチの具にしたりできるので、多少大きめの固まりでも無駄にすることはない。
オーストラリアン・ダンパー(Australian Damper)と言っても、わかるひとはあまりいないだろう。ほんの250年ほど前に開拓者が未開地に入ったとき、焚き火でパンを作りだしたのが始まりらしい。ミルクの代わりにビールを使っちゃったり、小枝にパン種を巻きつけて、まるでマシュマロのように焚き火にかざして焼いたり、適当な枝が見つからないときはシャベルで焼いたりと豪快きわまりない。現代でもそうやってキャンプしてダンパーを焼くひとがいるわけで、この言葉を知らなかったらオーストラリアに住んでいるとは言えない。
わたしはもちろん虫がダイキライなので、キャンプなんぞ御免こうむる。だが、ダンパーは簡単なので、実はよく作るのだ。いや、焚き火ではなくオーブンで。
わたしのように速いだけが取り得の料理人には、ハナハダ便利なものがこちらにはある。Self-rising Flourという、もうぜんぶ混ぜてある小麦粉のことだ。1カップの粉にベーキングパウダー小さじ1.25杯と塩ひとつまみ加えて混ぜる過程が省略できる。
これを3カップ(オーストラリアの1カップは250ml)に、塩とキャラウェイシードを小さじ一杯ずつ加えて軽く混ぜる。ボウルの真ん中を丸く掘り、そこに何と即席トマトスープ(電子レンジでチンするだけのもの、300ml)をじゃぶじゃぶとそそぐ。ミルクの代わりにビールを使うくらいなのだから、この際「ミズもの」なら何でもいいのだ。ミルクをさらに半カップ加えて、ナイフで小麦粉の壁をくずしながらさくさくと混ぜ合わせ、小麦粉をふったテーブルで丸く形を整え、オーブントレイに移し、また粉をはらはらとかけて十文字をささっとナイフでかき、200度に温めておいたオーブンへ。30分から35分くらい待てば、ぷうとふくれたこんな感じのパンが出来上がる。
パンは難しいと思っているひともこれなら簡単に出来るし、何よりも出来立ては美味しい。猫のゆきちゃんと一緒にヒーターの前に陣取り、トマトの香りただようパンを温かいうちにほおばる。冬の寒い日曜日も何のその。
先週から続いている雨のおかげで、今週末ははヒーターをつけて家の中で過ごしている。庭の温度計を見たら、11度しかない。ひえ。ムシムシする日本の梅雨と違い、こちらで「雨の季節」と言ったら「冬」なのだ。慢性水不足の西オーストラリアでは、「やんなっちゃうよねえ」とコボしながらも「でも、これで乾期の夏にダムに十分な水が貯まるかも」とほっとするのが正直なところ。
例によって、5cmほどもある分厚い土曜日の新聞(決して読み応えがあるわけではなく、求人やら車やら不動産やらの広告がたくさん載っているだけ)をめくっていたら、ローカルニュースで、「「半世紀離れて生まれた二人の真実の愛」と題された記事に当たった。この六月十一日付 "The West Australian"紙の詳細はネット上にないが、新聞に載った写真はこちらで拝見できる。
「そりゃあ、ひとは指差して色々と陰口をたたくわよ。でもそんなことで傷ついていたら、外出もできないじゃない。だから、そういう批判を見たり聞いたりしたら、わたしたちは顔を見合わせてくすくす笑うだけなの」
妻の Sylvia Baker-Dewanさんは99歳の誕生日(ネットの写真では誤植で95歳になっている)に、13年来の伴侶 Frankさん(48歳)から赤い薔薇の花束と指輪をもらい、幸福そうに笑った。
1992年、85歳の未亡人はバスの中で34歳の青年に出会った。
最初は彼が家の中の修理などを気軽に引き受けたりしていたが、そのカジュアルな関係は回を追うごとに深まっていったと言う。毎日何時間も電話をして、語り、笑う。数週間西オーストラリアを離れていたときも、彼は彼女のことしか考えられなかった。
「あなたを失いたくないんだ。こんなに美しくて素晴らしい女性を失うなんて、とてもできない。結婚してください」
30代からすでに未亡人であったシルビアさんの3度の断りにも負けず、ついに一緒に住むことに。しかし、暖かく結婚を祝福したシルビアさんの家族と違い、田舎の老婦人と結婚したFrankさんは、断固反対する自分の家族と断絶しなければならなかった。
「僕にとって、年の違いはまったく問題ではなかったのです。じゃあ、なぜ周りのひとたちの問題になるんでしょうね。僕が半世紀あとに生まれたってことだけが、唯一の違いなのに」
こんな記事を読んだら、「もしかしてこのオバアサン、ものすげー金持ちなのでは」と考えるひともいることだろう。だが、彼女はどうも田舎の古びた家に暮らすフツウのオバアサンらしい。財力と権力を誇示して、ついでに嫁さんも半世紀ばかり若い女性たちから選ぶ世のオジイサンたちとはちと異なる。いずれにせよ、女性にとっては大変羨ましい話だが、世にもマレな話だから記事になるのであって、こういうことが実際に身の回りにひんぱんに起こるとは思えない。
だが、待てよ。
以前読んだ記事には「70代からのセックス」などというものもあったし、一週間ほど前に95歳の誕生日を迎えた友達のお母さんなどは、今だに車を自分で運転している。もっともそのくらいの高齢になると、一年に一度は健康診断書の提出が求められるが。
界隈のレクリエーション・センターからのダイレクト・メールには、シニア市民の様々な活動が記されている。ダンスやら、高齢者用のエアロビクス、水泳教室からイタリア語レッスンまで、わたしだってやってみたいようなものばかりだ。
新聞の「交際求む」欄にだって、かなり高齢者が多い。
わたしのような「まだ老いを考えるには少々早い」と思っている中年たち、言い換えれば未知の世界「老い」に漠然と危惧を抱いているひとたちが思うほど、老いることは悪くないのかもしれない。いきなり人格が変わるわけでもなし、わたしはこのわたし自身のまま、動きが多少鈍くなり、アルミホイルをくしゃくしゃにしたような皺に覆われるくらいか。
それに、わたしの「晩年のボーイフレンド」はもしかしたらまだ生まれていないのかもしれない、とほくそえむのもまた楽しい。ふっふっふ。
休みとくれば、当然麦わら帽子をかぶって庭仕事もするわけで、気がついたらすでに六時。あと数週間で花が満開となるような苗木を植えたり、にっくき毛虫を取ったり、直径5cmもあるパンジーを買ってきて鉢植えにもした。
ところが、当然肉体的にもがっくり疲れてしまって、とても時間をかけて料理をする気になれない。辛口のシャルドネは冷蔵庫で冷えているので、実だくさんのサラダならすぐに食べられる。茶色の皮のブール・ボスク (Beurre Bosc)という洋梨はローストしても美味しいが、まだ固く食感の残るうちはサラダにもいい。これをスライスし、ヴィネグレット・ドレッシングを作り、ここのところ細々と育てているサラダ・グリーンを庭からむしってきてまぜる。後はギリシャのフェタチーズドライトマトのマリネ、そしてオリーブを加えて、できあがり。
梨はチーズの盛り合わせを出すときにもよく使うが、こうしてチーズ入りのサラダを作るときにも重宝している。何より、辛口白ワインにぴったり合うってのが嬉しいね。
三連休二日目。
わたしは夜更かしが大好きなので、丸三日間朝早く起きなくてよい、または好きな時間に昼寝ができるなんて言われると、もう嬉しくて寝てなんかいられない。読みたかった本をベッドに持ち込んでマブタを開けていられなくなるまで読んだり、DVDを2本続けて観ちゃったり、今回は友達のオサソイをすべて断って、「自宅を愉しむ連休」だ。
週末の愉しみは、しかし朝に始まる。だから、まずゆきちゃんに餌をやって珈琲をたて、マグカップを持ってパジャマのまま庭にでる。野鳥のさえずりを聞くためだ。
白黒模様のマグパイや緑と赤の鮮やかな野生インコが空を舞う。右隣のうちのオバアサンが鶏に餌をやるので、「こーこっこっこ」という静かな歓喜の声もする。その鶏の餌のオコボレを待ちながら、鳩たちも庭の境目の大きな木にとまっている。
わたしと一緒に庭に出てきたゆきちゃんは、しばし草を噛んでから池の水を飲む。毎日二回餌をやるたびに新鮮な水をボウルに入れるのに、めったなことではそれを飲まない。彼女が好きなのは、池の水なのだ。池の金魚を目で追うのも好きだが、それが「餌」にもなり得るとは知らないらしい。水を飲んだ後は、もちろんテツガク的瞑想にふけるのもいつものこと。
ポインセチアは、スイスにいたころ毎年クリスマスが近くなると一鉢買ったなつかしい観葉植物だ。ヨーロッパのクリスマスとポインセチアは、切っても切れない密接な関係にある。
しかし部屋の中で大事に育てていたこの植物も、気候のマイルドな西オーストラリアでは巨大な「木」に育ってしまうのだ。初めてパースでポインセチアの巨木を見上げたとき、わたしは口をぽかんと開けてしばし言葉を失った。
引っ越した家には、住み始めたときからこのポインセチアがすみっこにぽつんとあった。木とまでは言えないが、鉢植えにするには少々無理がある大きさだ。ハーブガーデンのある裏のすみっこなので、ハーブを取りに行くとき以外目につかない場所だ。ところが雨上がりの今日、窓から見たあまりの赤の美しさに思わずカメラを取りに戻った。
月曜日は祝日なのでこれから三連休、昨日はなんとなくウキウキして、同僚たちのお誘いに乗ってパブに繰り出した。
新しいフランス語教師も初参加、少々遅れて彼女を迎えにきたダンナサマも引きずり込んでしまう。免疫関係の薬品会社で働いているという、とてつもなく背の高い男性だ。どのぐらい「とてつもない」かと言うと、160cmのわたしの目線は彼の胸のあたり。つまり2m近いのだ。パブでは立ち飲みのひとたちのほうが多いが、このときばかりは皆椅子席を選んだ。首が疲れてしまいそうなので。
その彼が言うには、実験で使うマウスにはおもしろい現象が見られるそうだ。
実験によっては無菌状態で育てたマウスを使うことがあるが、そのほとんどの盲腸が異常に大きくて、腸内の免疫を左右するナントカカントカ(初めて聞く言葉だったので忘れた)のほうは異常に小さい。下痢ピーになる確率も高い。ところが、統計的には、そのマウスたちは普通の状態で育てられたものより2倍近く寿命が長い。
非常に不気味なのだが、もしかしてこれは人間にもあてはまるのかもしれないね、という話になった。
現代のわたしたちは、ほとんど無菌状態のマウスとおなじなのではないか。抗菌ソープで手をしっかりと洗い、泥を触ることもなく、外の自然と対峙するのは「散歩」だけだ。安全とタイコバンを押されたものしか食べないし、そのぶんビタミン薬で栄養を補強する。ほとんどの時間をコンピュータの前で費やすのは大人だけではなく、放課後の子供たちも似たようなもの。それでいて、平均寿命は100年前からどれだけ長くなったことか。
わたしが子供のころには、まだ青っ洟をたらした子供たちがいたし、シモヤケやらカサブタやらをつくっても、平気で肌をさらしていたように思う。ドッジボールで膝をすりむいても、真っ赤なヨードチンキくらいでバンドエイドなんか貼ってもらえなかった。無菌状態を作り出し菌を遮断するより、菌と「共生」していたと言えるかもしれない。免疫というのは、本来そういう意味なのではないか。
わたしの働く学校の保健室に行くと、子供たちの健康状態のリストがある。中でも、気管支喘息などを筆頭にアレルギーが非常に目立つ。しかし、軽症重症合わせてクラスの3分の1が喘息というのは異常に多い。
アレルギー症のある子供たちが増えているのは、わたしたちの環境がすでに「無菌」に向かってまっしぐらなのが原因のひとつかもしれない、とふと思った。
シルバーグリーンの葉をもつ「子羊の耳」(Lamb's Ears)は、まるで厚みのあるビロードのような感触だ。比較的育てやすくて、ほうっておいてもどんどんと葉が増えていく。
ところが、ここ2-3週間の間に虫がついた。葉に丸くぽつぽつと穴があくので植木屋でスプレーをさっそく購入、その前に一応穴だらけの葉を取り除いて、ついでに下のほうで枯れている葉をもごうと繁みを開いたら、思わず「わっ」と声が出てひっくり返りそうになった。
5cmほどのカエルがど真ん中に鎮座しているのだ。そのままじっと動かない。
わたしの家の裏庭には小さな池があるが、ここはガレージを挟んでドライブウェイのそばにある前庭だ。近くに水があるわけでもないのに、どこからやって来たのだろう。
スプレーをカエルにかけるわけにもいかず、結局そのままにしておくことにした。カエルってのは確か虫とかを餌にしているのだから、イソウロウを許す代わりに、害虫駆除でもしてくれるかもしれない。


