2004年5月アーカイブ
目前に迫った引越し用にダンボール箱を山のように積み上げていたとき電話が鳴りました。
「ねえ、麻婆豆腐を食べに行かない?」 中国系の教師友達でした。
このお誘いの意味するところは、中華街の片隅にあるいつもの小さな中華料理屋です。わたしたちが注文するのもこれまたいつも「麻婆豆腐」と「ホタテ貝と絹サヤのXO醤炒め」。色々なものを試しましたが、この二品が一番美味しく、ここに来るときの定番になってしまったのです。
麻婆豆腐は日本のものよりピリリと辛く、挽肉ではなくて豚肉のザク切りが沢山はいっていますし、ホタテ貝も新鮮でいつもプリプリと歯ごたえが楽しめるので、もちろんわたしが断るわけがありません。
お腹をすかせてレストランにはいるとすでに満席状態。大テーブルのはじっこに座らされたわたしたちの目の前に、3人の日本人留学生らしき若者たちが座りました。もちろん、相席です。
固焼きソバらしきものを全員が食べていましたが、わたしたちの前に来た麻婆豆腐を見て、「おい、麻婆豆腐だよ。美味しそうだなあ。」「食べてみようか。」「でも違ったら、どうする?」
こそこそと日本語でこちらを盗み見ながら話していますが、どうやら英語で会話をしているわたしが日本人だとは気づいていないようです。
「とても美味しいから試してみたら? 何しろ、わたしたちがここに来るたびに注文する定番メニュウなんだから。」とそっと声をかけたら、麺をすすっていた手を止めた3人はひゅうと息を止めてビックリし、全員揃って真っ赤になりました。そして一人が「あ、ありがとうございます」と言うと、後の二人も揃ってぴょこんとお辞儀をします。その礼儀正しさがあんまり可愛らしくて、なんだか嬉しくなってしまいました。
夕食のときに見ていたニュースショーで感激し、玄米ご飯を喉につまらせてしまった。
12歳の少年が39歳の父親の命を救ったのだ。
元々心臓に持病のある男性がいきなり裏庭で倒れたとき、側には老いた姑と自分の息子しかいなかった。顔は紫色になり、息をしている様子もない。驚いた姑が救急に電話をしたときの声が流れたが、理性を失い何を言っているのかわからない。「ただ救急車を呼んで。息をしてないんだから。」と訴える。これでは緊急処置も何もできるどころではない。
オペレーターが「他にひとはいませんか」と聞いたあと、次に電話口に出たのは12歳の息子だった。
父親の様子について聞かれると、詳細にその状態を説明する。「人工呼吸はやったことある?」の声に、「ありません。でもやってみます。」とはっきりとした答え。
そして、電話の指令通りに息を吐き入れ、胸を押すという動作を繰り返す。その動きは冷静に救急車が来るまで続けられた。
結局、少年の人工呼吸によって父親の命はとりとめられたのだ。救急車が来るまで放置されていたら、助かる見込みはなかったと言う。
インタビュウに「とても怖かった。怖くて怖くてたまらなかった。でも、ボクがやらなきゃパパは死んじゃうんだ。だめだ、だめだ、やれっ、やれって、って思った。」幼い顔に父を救ったという誇りを浮かべて、少年は語った。
「子供はね、子供扱いしていると、子供っぽくふるまうんだ。一人前のオトナ扱いをすると、不思議と何でもできるんでビックリするよ。」
友達がふともらした言葉を思い出した。
ラッセル・クロウ主演の最新ビデオをで、ナポレオン時代当時の幼い海軍仕官たち(12歳から15歳くらいか)が、立派に陣頭指揮をとって冷静に判断を下すのに感心していたときだ。時代は違えど、「子供扱いをされなかったとき」の子供の態度は同じなのかもしれない。
最後に、元気に病院から退院する父親の姿とその周りを子犬のように飛び回る少年が映し出された。先ほどの落ち着いて当時の模様を話す姿とは大違いだ。
なんか子供って不思議だなあ。
玄米をふっくら炊くのは難しい。
こちらオーストラリア式は「炊く」というより「煮る」だから、グラグラと煮立ててシャモジでぐるぐるかき回すなんてオソロシイ方法なのだ。一度こうして「煮て」みたら、周りはまだべとべとと水っぽく、ご飯はあくまで芯があってボロボロとなり、結局食べられなかった。
わたしは圧力釜を使って時間を短縮し、そして大量に炊き、一膳ずつ冷凍庫に入れる。これならいつでも一膳はホカホカの玄米ご飯が食べられる。
今回ベトナム食品店で買ってきたのは、タイ玄米。玄米というよりこりゃ「赤米」だね。水につけておいたら、水までマッカッカになった。しかし食べてみると、スーパーで買う普通の玄米よりはるかに美味しい。玄米独特の風味もあるし、歯ごたえも結構。
今日は、これに中国野菜とイカの炒めものを添えた。玄米の色がアズキ色をしているので、期せずしてカラフルな夕食となってしまった。
昼間何時間もコンピュータに向かって仕事をしていたら、右目の下瞼がぴくぴくしてきた。視神経の使いすぎだ。
キリのいいところでやーめた。喉の痛みは少々ひいたとは言え、まだまだ体調は戻っていない。
クイモノの話ばかりしているようだが、早寝しているおかげでタマってしまった仕事の整理に追われ、頭がほとんどそっちに向いているのだ。気分転換は、料理に限る。
今晩は「精力つけて月曜日にレッツゴー」ということで、勇気凛々の獣肉食にした。と言っても、なんだかラムだのビーフだのの豪快なステーキには食指動かず、結局気弱に「仔牛肉」を解凍。
薄めに切ってあるので、ニンニクをじっくり炒めたオリーブオイルでさっと焼き、同じく作り置きしておいたトマトソースをかける。当然、これにはスパゲッティでしょ。ズッキーニは薄くオリーブオイルを塗ってグリル焼きにした。
赤ワインを一杯だけ添えたが、こういうイタリア食がまだ美味しく感じられるのだから、今回風邪には完敗していないようだ。
先週末は寒気がして嫌な予感がしたのだが、予感で終わってほっとしていたところ、昨日から今度は喉に来た。痛くてたまらないので、ヨーグルトばかり流し込んでいる。
去年は本格的なインフルエンザを患って、1週間学校を休んだのだ。だからこそ、今年は大事をとってワクチン接種までしてもらい、万全の備えだとほくそえんでいたのに。
普通の風邪はワクチンじゃ効かないのかなあ。
しかも、これから来月に向けてテスト週間が始まり、赤ペンを1本使い尽くす「地獄の採点」が待っている。鼻水が流れようが、咳が出ようが、セクシーな鼻声になろうが、熱だけは出ないことを祈るばかり。
今日はあまり食欲がないのだが、昨日のうちにマリネしてしまった鶏胸肉がある。マリネはレモン汁、スィートチリソース、ナンプラー、香菜の茎というタイ風の味。これをじゅうじゅうとグリルで焼いて、圧力釜で炊いた玄米にきざんだ香菜を混ぜて添える。
喉の腫れのせいで鶏肉がつっかえそうになるが、スィートチリソースを使っているのでそれほどビリビリと響かず、優しい味でほっとする。
どでんとドマンナカに陣取っているのは、イタリアンソーセイジ。もちろんイタリアン食品店の手作りで、むっちりどっしりと肉が詰まっていて味も濃い。
たまにこういうものが食べたくなるのだが、豪州でよくホットドッグにされたりバーベキューで焼いて出されるものは脂っこすぎるし、とんでもなく安い肉を使っているのか非常に不味い。
長いこと住んだスイスのドイツ語圏は、ソーセイジ類がとびきり美味しい。バンコクでもソーセイジやハムなどはドイツ食品店で買っていたから、最初はパースで手に入るソーセイジのあまりのお粗末さに天を仰いで嘆いたものだ。
それでも気を取り直して探したら、あった。まずはオーストリア人経営の肉屋、そしてこのソーセイジのあるイタリア食品店だ。オーストリア人の店はわたしには慣れた味で、仔牛肉のソーセイジなんぞ、茹で上がったものにあまり辛くないドイツマスタードをちょいとつけて食べたらホッペタが落ちそうになる。
だが珈琲豆もパスタもワインも欲しいとなると、イタリア食品店のほうが便利なのだ。1店で間に合っちゃうからね。それに、この豚肉を使ったイタリアンソーセイジはなかなかのものである。
最初にこれを見たときに、ドイツソーセイジと同じようなものを売っているなあと思ったのだけれど、店のオジサンに言わせると「いーやいや、このイタリアンソーセイジはグリルしてからトマトソースのパスタで食べてよ。美味しくってパスタがどんどん進むから、メインはいらないよ。」とのこと。ああ、オジサンにとってパスタは「前菜」だったのだ。
わたしは最初からメインにするつもりだったので、新鮮なローマトマト、ニンジン、セロリ、マッシュルームを刻んで缶トマトでゆっくり煮込んだソースをかけた。
一緒に買ったパルミジャーノチーズをしゃりしゃりと削って、やっぱり赤ワインを開けようかなあなどと考える。
豪州パースでは朝晩冷えることが多くなり、店先にも蜜柑が出回るようになりました。
「マンダリン」と呼ばれる蜜柑が、黄金色の輝きを見せて冬の訪れをひとびとに知らせるのは日本と同じです。
さっそく買ってきた蜜柑のひとふさを口に含むと、爽やかな香りと甘い汁がたっぷりと広がります。蜜柑は昔から好きなもののひとつですが、今回のそれは房も大きくどっしりと汁が詰まっていて、大きな種がたくさん入っているのも気になりません。
しかし残りの蜜柑をよく見ると、買い物袋の中で何かに押されたのか、底の部分の皮が少々破れているものがあります。
何の気なしにそこに人差し指で触れたときに、ああ祖母がこうして人形劇をしてくれたな、と思い出しました。
祖母が亡くなったのはわたしが6歳のときですから、彼女を覚えているのは長女であるわたしだけ、妹と弟はほとんど記憶がないと言います。
母が食事の支度をしている間、祖母はこたつの中に入り、よく3人の孫の面倒を見ていました。そしてこたつの上にある冬の蜜柑を手に取り、ひとつひとつに色々な顔を描いてから蜜柑を人差し指に突き刺して頭のように見せかけるのです。両手を使って巧みに猿や犬、そして太ったオジサンなどに芸をさせる祖母に、幼いわたしたちは手を叩いて喜びました。
「おばあちゃん、もうすぐゴハンだから蜜柑を食べさせるのはあとね」という台所所の母の声を聞きながら、わたしたちはよくどの蜜柑が自分のものか争ったものです。そして最後には、泣き出した弟に一番よく描けている「おさるさん」を譲るのはわたしでした。
大昔を思い出して楽しくなり、愛猫の鼻先で蜜柑人形を踊らせてみたら、柑橘類のダイキライな彼女はびっくりして逃げていってしまいました。
ちょっと寒気がする。そしてお決まりのごとくいやーな予感。わたしは風邪を引きやすい体質なのだ。このところ朝晩寒い日が続いているからかもしれない。
こういうときは、ささっと食べて早く寝るに限る。明日は12年生のスピーキング試験で試験官をしなければならないし。
脂身の少ない豚もも肉の小さなステーキを焼き、玉ねぎとりんごをじっくり煮込んだソースをたっぷりかける。これにルッコラのサラダを添えただけ。りんごと豚肉は実によく合うのだ。さっぱりしていて、豚肉の臭みも気にならない。それに玉ねぎは風邪に効くっていうじゃないか。
困ったときには藁ならぬ玉ねぎにもすがる思い。
早いとこ見つけておいたほうがよいかな、と不動産屋に行って物件を当たった。今月末に引っ越すことになっているからだ。土曜日ということもあり、かなり混んでいて15分も待たされる。
選択肢は広いのだが、問題はゆきちゃんだ。レンタルはペット禁止のところが多い。わたしの選んだ物件は次々とその禁止事項ではねられ、最後に残ったのはふたつのみ。
オーストラリアでは、身分証明書の提示と100ドルのデポジット(後で返してもらえる)で鍵を受け取り自分で勝手に物件を見に行く。日本の不動産屋のように懇切丁寧な道案内で連れていってもらえるわけではない。
わたしの現在住んでいる街の中心地から車で5分、パースでは東地区だ。タウンハウスと呼ばれる壁のくっついた二階建て長屋の並ぶ一角は、その近くのちょいと瀟洒な繁華街からも歩いて5分だ。3部屋にバストイレつき、一階のリビングダイニングもオープンキッチンで、今よりは狭いがまあまあの広さ。これにタタミ10畳ほどの裏庭と駐車場もついている。わたしが隅々まで見ながら考えていたら、ドアがとんとんと叩かれぞろぞろとアジア系学生たちがはいってきた。どうやら、不動産屋が送った次の候補者たちらしい。
オーストラリアでは、学生が家をシェアして住むことが多いのだ。この物件はメインの寝室にはアンスィート(en suite)と呼ばれる専用バストイレが付き、なおかつもうひとつりっぱなバストイレが他の寝室用にあるので、2-3人で住むにはもってこいなのだろう。
英語があまり出来ないところから英語学校の学生さんと推察したが、みんなでうなずきあってニコニコしている。たぶん気に入ったのだ。それにしても、総勢6人ってアナタ、3つしか寝室がないのに一体このうち何人が住むつもりなんだろう。
彼らを残して一足先に不動産屋に戻ったわたしは、徒歩で彼らが着いたときにはすでに申込書を書き終わっていた。実は、契約開始が2週間ほど先になるわたしのほうが分が悪い。その物件は今すぐに入居可能だからだ。
もしその学生たちの入居希望が即と言うなら、彼らに渡ってしまう可能性が高い。
と思ったら、夕方不動産屋の閉まる時刻になって電話があった。
大家がわたしのほうを選んだと言う。何人かで住む英語学校の学生たちより、高校教師のほうが信用されたのかもしれない。えへん。
しかし、ゆきちゃんのせいで「ペット保証金」が二万円ほどかかるらしい。彼女が次々と窓をぶち割ったり、壁に体当たりして大穴をつくったり、天井に向かってオシッコしてシミを作ったりしないことを願うばかりである。
土曜日朝のショッピングのあと、ベトナム食品店に寄ってアジア野菜をシコタマ買ってきた。それを使って少々遅くなってしまったランチを作る。
ベトナム風冷やしビーフンは日本の冷やしナントヤラと同じで様々な具をのせるが、レストランで見た甘辛ソーセイジは自分で作ってみた。豚の挽肉をナンプラー、ショウガ、砂糖で味付けして、グリルで焼いたものだ。これに刻んだネギ、ミントの葉、香菜、もやしをたっぷり添える。
かけ汁は、生春巻きでもおなじみの「ヌックチャム」だ。ナンプラー、チリ、にんにく、水、砂糖を沸騰させて、そこに中華風赤酢とショウガを加える。
実は、見よう見まねで作ったこの冷やしビーフンは、近くのベトナム料理屋でかなり安く食べられる。それなのに何故わざわざウチで作ったのかというと、引越しのためにキッチンの整理を始めたからだ。
片付け始めたら、思いのほか沢山の乾物類があるのがわかった。冷凍庫もぱんぱんである。こんなに沢山のものをまたもや運び出すくらいだったら、食べちまえということに。
しかし、あと3週間乾物と冷凍庫の残りに野菜を継ぎ足して過ごすわけか。これもちょっとツライなあ。
2月にも一度書いたのだが、わたしの受け持つ8年生(12-13歳)の中には、イマージョン教育の選抜クラスがある。日本語だけを使って主に食に関することを学ぶクラスだ。今日は、生徒たちが楽しみにしている料理の日である。
簡単にできて、しかも説明が難しくないレシピということで選んだのが「ポップコーンボール」。電子レンジでマシュマロとマーガリンを溶かし、ポップコーンにからめてからベーキングペーパーにくるんで丸めるだけだ。常温になるとマシュマロが固まるので、ボールの形にできる。
ポップコーンは、事前に作っておかなければならない。こんなものまで作らせたら、22人もいるクラスでは片づけと洗いものも入れて50分という枠におさまらないのだ。
そんなわけで、友達が貸してくれたポップコーンメイカーで昨晩作り始めたのだが、勝手に作ってくれるとは言え、いやはや大変時間がかかってしまった。それに、手伝いに来てくれる11年生のバイリンガル(日本人だがオーストラリア生まれ)2人とわたしを入れて総勢24人分のポップコーンなんて、この長い人生でも一度も作ったことがない。
キッチンから漂ってくるポップコーンの香りに少々げんなりしてきたころ、やっと30リットルはいるプラスティック製ゴミ袋いっぱいのポップコーンが出来上がった。
もちろん、今朝のわたしの姿はまるで「サンタクロース」である。何しろこのばかでかい袋をかつぎ、さらに30袋ほどのマシュマロまで提げているのだ。
授業中の調理を簡単にするために、わたしのほうが大変ながーい「残業」をしてしまったが、こんなふうに喜ぶ子供たちの顔を見るのはやはり楽しい。
明日の準備をしていたので、帰宅が遅くなってしまった。こういうときは、歩いて行ける近くの中華バーベキュー屋でぶっかけ飯がいい。
いつものメニュウ(叉焼、中華風ロースト、モツなど)なのだが、今日は鴨の砂肝がウィンドウに並んでいたのでそれも添えてもらう。と思ったら、なんだかそれがメインのように沢山乗っていた。鴨の砂肝は、鶏のそれに比べると3倍ほどの大きさだ。鶏よりはるかにこってりとして少々固いが、五香粉が効いていて美味しい。鴨の香りもふんわりとする。
一膳飯屋は食器もテーブルも椅子もプラスティックの安物、お世辞にもきれいとは言いがたい。だがいつ行っても、中国人のオジサンオバサンがサンダル履きでローストを買いに来たり、新聞を読みながら大盛りぶっかけ飯をかきこんでいる。
金曜日はフランス料理レストランで食事、土曜日は友達を呼んで夕食を作ったので、わたしの胃はヨレヨレに疲れている。もちろん沢山食べて沢山飲んだせいだ。
それでも昨日は、フランス料理でまだ胃がもたれている最中だったので、ソースはよしてさっぱりとした「悪魔風チキン」に。なんで悪魔なのかと言うと、単純にチリをたっぷりきかせてピリピリと意地悪く辛いからだ。日本でもよくメニュウに見かける定番イタリアンだが、わたしはトマトソースは使わない。
そして材料の丸ごと鶏肉一羽は、「棚で育てられる鶏」ではなくフリーレンジと呼ばれる「走り回る鶏」だ。少々お値段ははるが、身がしまっていて匂いも少なく、はるかに美味しい。
これを骨切りハサミで開いて背骨をとると、平たい「大股ビラキ」となってグリルでバーベキューしやすい。
ヴァージンオリーブオイルとレモンジュースを混ぜ合わせ、刻んだレッドチリをたっぷり入れる。塩こしょうしてから、ここにチキンをいれてマリネすること半日。
友達が次々と現れるころに白ワインを供し、パティオのバーベキューでじゅうじゅうと焼きはじめるのだ。最後の5分くらいに、スライスしたレモンもグリルしてオオマカに切った鶏の上に飾りつける。これは材料とスパイスがシンプルなので、鶏肉が新鮮じゃないと美味しくない。
付け合せは、茹でたブロッコリにパインナッツをいれたドレッシングをかけたもの、そしてオリーブを刻んで混ぜたクスクスだ。
こういう料理は手で豪快にむしって食べたほうが楽しいので、大きなガラスボウルに水をはってたっぷりレモンスライスを浮かせる。手を洗いながら食べるためだ。
美味しい夕食と楽しいおしゃべりのツケは、しかし日曜日にやってくる。
またしても飲みすぎたわたしは、休肝日の今日、一日パンとスープなどというツツマシイ食事でおとなしく明日の準備をしている。
パースの「本業」とバンコクの「副業」が同時に忙しくなってしまったので、どうにも何か書く状態ではなかったというのが第一の理由、そしてその忙しさがなんとか治まったと思ったら、今度は人差し指のサキッポを怪我してしまい、キィを叩くのに右手しか使えなかったというのが第二の理由だ。エンピツやチョークは持てるのだが、キィボードは甚だしく使いづらい。
指先もだいぶ癒えたので、10日ぶりに出てきた。
わたしが指先を怪我したのと同時くらいに、日本にいる妹が病院で「手術」をした。
手術と言っても、なにやらオシリに大きなできものが出来たので、膿を抜いてもらったのだ。
しかし、妹は「痛み」にカラキシ弱い。10年以上前に盲腸の手術をしたときには、あまりの恐怖に局部麻酔が「効いていない」と思い込み、あちこちに針をくっつけたままで手術台から逃げ出そうとして全身麻酔をくらったくらいだ。
「わたしゃ、ここで何人も盲腸の手術をしましたが、患者が逃げ出そうとしたのも、全身麻酔をしなければならなかったのも初めてです」と医者が嘆いたそうだ。
そんな妹だから、今回も何かあるだろうと思ったら案の定だ。
母が言うには、断末魔の叫びを上げて「麻酔をしてくださああああい」と懇願、医者に「バカなことを言いなさんな」とたしなめられたらしい。そして、緊張のあまり過呼吸症状が出た。
「ゆうちゃん(母の愛犬)でさえ、同じようなオデキが出来たときにはあんなに叫ばなかったのにっ」と、母が怒ること、怒ること。
まあ病院中に響き渡る叫びの主が自分の娘じゃあ、かなり恥ずかしいよねえ。
ラムは手軽にローストできるのでよく買うのだが、今回は近くの肉屋でとびきり柔らかいフィレの塊が手にはいった。これにニンニクをすりこんでから塩・こしょうして、刻んだローズマリの葉をたっぷりふりかける。最後にオリーブオイルをふりかけてから、黒オリーブと一緒にオーブンにぶちこんだ。
軽く茹でたジャガイモはパルミジャーノチーズをふってから、同じオーブンの2段目に。マッシュルームは、バルサミコ酢とオリーブオイルをふってから、電子レンジで2分。
旬の芽キャベツは塩茹でしただけでも美味しい。
手が込んでいるように見えるが、自分の手で調理している時間は実は大変短い。そして手を抜いていても、材料がよければ味はずいぶん違うもの。
ワインを一杯添えて供すれば、気分はもう「週末」である。


